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思わず本をジャケ買いした理由 - イラスト編 -

 ジャケ買い。

 その言葉は、音楽好きの人にとって馴染みある言葉だろう。店頭でCDやレコードを買う時(という文化が当たり前だった時代)に、試聴せずジャケットのデザインだけを見てCDやレコードを買ってしまう行為のことだ。
 そして実に不思議なもので、大体の場合、ジャケ買いしたCDやレコードは前情報もほとんどなく選んだはずなのに、なぜかとても自分と相性がいい。

 この不思議な出合いは、音楽だけでなく本でも突然やって来る。(本の場合は、ジャケットではなく表紙だから表紙買いと言うんだろうか?)情報だらけの世の中では、なかなか“何も知らずに買いました”なんて純粋なジャケ買いはしにくいものだが。それでも、「買う予定がなかった本が気になってしまう」という不思議な体験はゼロではない。

 そこで今回は、私が【表紙のイラスト】に惹かれてジャケ買いした本について、その本の内容や表紙の好きなところをご紹介したいと思う。

 なお、念のため先に触れておくが、私は絵やデザインについては全くのド素人だ。この記事で言いたいことは、「ジャケ買いがきっかけで読んだ本が、めちゃめちゃ面白くて得した気分になったんですよ〜」というとても単純な話であるという点を、ご了承頂きたい。



ジャケ買いした瞬間

 ああ、これがジャケ買いか!
 買う予定になかった本の表紙を目にした途端、どうしても手を伸ばさずにはいられないあの血沸き肉躍る大興奮。それを唐突に感じたのは、銀座蔦屋書店でのことだった。平置きの本が並ぶ中、決して真ん中にどっしりと構えていたわけではないのに気になってしまった本。それが、「マイ・ポリスマン」だ。

「マイ・ポリスマン」

二見文庫
ベサン・ロバーツ 著 / 森口 弥生 訳
Cover Illustration sekuda / Cover Design ヤマシタツトム

あらすじ
 中学生だった頃、広い肩幅と逞しい前腕、青く澄んだ瞳を持つ15歳のトムと出会い、忘れられなくなったマリオン。数年後、警察官となり大人の男性へと成長したトムと再会し、真っ逆さまに恋に落ちていく。トムの親しい友人パトリックにも紹介され、3人で楽しく過ごす日々のなかで情熱的にプロポーズもされて幸せの絶頂を感じるが、トムの思いがけない秘密を知ることになり......道ならぬ恋を貫くトムとパトリックと、トムを愛するマリオンの運命を描く美しくて哀しいラブストーリー!

二見書房ホームページより

 表紙と対峙した際の衝撃、更に本を読んで感じたクソデカ感情は、こちらの記事にまとめてある。読了後に一人で勝手に表紙を見返して「ああ……」となったところまで書いてあるので(ネタバレも含む)、ご興味あればぜひ。

 私は普段、物騒な本(ミステリー小説)を読むことが多い。そのため、恋愛小説である「マイ・ポリスマン」は、情報は薄っすら知っていたものの読む予定に入っていなかった。それなのに、手に取ってしまった。これを一目惚れ、ジャケ買いと言わずしてなんと言おう。

 イラストを担当したのはsekudaさん。この本をきっかけに私はsekudaさんを知ったのだけれど、なんとまあ不思議な雰囲気の絵をお描きになるのだろう。特に、目が不思議でとても魅力的だなぁと思う。いわゆる目のハイライトというやつがなくて、瞼?の辺りに白い点を描くという表現。顔の立体感や肌艶の良さを感じるのに、どこかお人形のような美しい危うさを帯びている。
 なにそれ、トムじゃん……。

 更に、このイラストの上に手書きの筆記体で"My policeman"と書かれているデザインがまたいい。これは物語中で誰が最初に「マイ・ポリスマン(わたしの警察官)」という言葉を使ったのかを知ってから見ると、もう、感情が溢れ出しそうになる。
 その人が書いた文字なのかしら……なんて想像にくれて、そうなるとじゃあこのトムの絵を描いたのも……と思いに浸ることが出来る。イラストとデザインが相まって、言葉はなくとも物語をしっかり見せてくれる切なさがある。(こんなようなことを、先述の感想文でも書いている気がしてきたけれど許してほしい。)

 読了からだいぶ経つが、今でも時々私はこの表紙を眺めることがある。そうして、自分が思わずジャケ買いしてしまったあの瞬間に思いを馳せながら、何度もこの物語を思い出す。
 トムは確かに、この物語の中で実在したんだなあ……。
 自然とそう思わせてくれる、素敵な表紙だ。


ジャケ買いは連鎖する

 「マイ・ポリスマン」でsekudaさんのイラストに惚れてしまった私は、ハッと思い出した。前々から気になっていて、Amazonのほしいものリストに入れた本の中で一冊、似たようなイラストの表紙があったような……?

「美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック」

二見文庫
マッケンジー・リー 著 / 桐谷 知未 訳
Cover Illustration sekuda / Cover Design ヤマシタツトム

あらすじ
伯爵の長男で紳士の振る舞いをすべき身でありながら、酒や煙草、美男美女との戯れに明け暮れる放蕩息子モンティ。実は親友のパーシーを密かに想っているが、爵位を継ぐ前に一年間、その親友と共に欧州を巡る周遊旅行に出ることになった。父親の監視の目を逃れ、ますます派手に遊ぶ彼は、ベルサイユ宮殿で開かれたパーティでちょっとした諍いから小物入れを盗む。この出来事が思わぬ大事件に発展し、追われるはめになるが……LGBTQ+、ロマンス、冒険、様々な要素の入った楽しい作品!

二見書房ホームページより

 ウワーーーッ! 出版社もイラストもデザインも「マイ・ポリスマン」と同じ布陣だったーーーーッッ! ありがとう、関わってくれた全ての人にありがとう……。
 この、イラストの良さはもちろん、原題からして長いタイトルを駆使した表紙のデザインがもう本当に好き。色味も好き。ありがとう、ありがとう世界……!
 布陣が同じであることにびっくりして、すぐに注文してしまった。そのくせ、632ページという分厚さ、そして「読んだら読み終わっちゃうから……」という葛藤の末に、購入して2ヶ月が過ぎたあたりで覚悟が決まり一気読みした。

 現代にも通じるあらゆる要素を内包して割と深刻なはずなのに、主人公の語り口と次々に起こる事件が相まってとにかくドタバタ劇。18歳の旅路を“青春”と言うには時代は厳し過ぎたけど(物語の舞台は1700年代。血筋や性別、人種や性的指向などによる差別はもちろん酷かったし、子どもで居られる時間は今よりずっと短かった)、それでもこれは彼らの青春/成長物語だったと私は信じている。
 特に、とにかく放蕩息子のモンティが、秘めた恋心を独白する際の言葉はどれも本当に美しくて、それを知る度に彼のあまりに純粋な心根が窺えて切なくなった。例えば……。

 世界が真っ白なキャンバスになったとしても、パーシーといられるだけで、今とまったく同じ幸せに浸れただろう。

本文 P518 より

 そして読了後、著者あとがきを読み訳者あとがきを読んで号泣して腫れた目で、私は表紙を見返して思った。
 表紙……。表紙ぃ……!!!!
 ぜひ、ハラハラしながら彼らの大冒険に同行し、その行く末を見届けた上で表紙を見ていただきたい。

 また、これはジャケ買いとは違う話だけれど、訳者あとがきを読んで泣いたのは多分生まれて初めてだ。本作はずっと主人公・モンティの明るく軽妙、どこか情けないけど憎めず、そして必ずしも天真爛漫とは言えない感受性を表現した一人称で続く。その訳の力量は本当に素敵で、訳者あとがきの語り口もとても優しく、それだけでも胸がいっぱいになってしまうのだが。
 訳者あとがきの中に、こんな一節がある。

モンティにきかれたら、わたしたちはどう答えるでしょうか?

P624 訳者あとがき より

 この文章の前には、“モンティにきかれたら”という想定でモンティの口調でとある質問文が提示されている。決して長くないその質問文読んで、私はなぜかぼっろぼろに泣いてしまった。彼らの旅路を最後まで見届けた高揚感や、「読み終わっちゃったな……」という喪失感、物語を読み進めながら溜め込んで来た感情が溢れ出した。(質問文は、少しだけネタバレになるような気がするし、本文を読んだ後で対峙するからこそ意味があると思うので、ここには書かないでおく。)
 多分、その質問をするモンティは、本当にごく自然に、ただ聞きたかったから教えてよと言いたげな顔で笑っているんだろう。

 本作の結末は、「この手の物語の終わりとして想定出来るがあまり選ばれないもの」だったように思う。“生き延びたあとにも人生がある”(これは、作中で出てきた私の好きな文言)彼らの人生に思いを馳せながら表紙を見ると、なぜかわからないけれど、また泣いてしまいそうだ。

 

ジャケ買い発→長年の“好き”着

 あまりnoteで触れたことは無いが、私は子どもの頃からシャーロック・ホームズが好きで、児童書版で岩崎書店から出版されていた「名探偵シャーロック・ホームズ 1 赤毛軍団のひみつ」から始まり、新潮文庫、アニメ「名探偵ホームズ(※いわゆる犬ホームズ)」、グラナダ版ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」と色んなホームズ作品のことを好きになって来た。

 子どもの頃から馴染みがあったからだと思うのだが、自分はホームズとワトソン(またはワトスン)の関係性にそこまで興味がなく、「それよりも事件を解決してくれ」という貪欲な読者に育ってしまった。ファンと言うのはどんなジャンルでも厄介な生き物だなと、私はホームズ関連コンテンツに触れる度に思う。

 それはそれとして。とにかく、ホームズ関連作品が出るととりあえず飛びつきがちな私に、ついにこんな奇跡がやって来た。

「新シャーロック・ホームズの冒険」

角川文庫
ティム・メジャー 著 / 駒月 雅子 訳
カバーイラスト sekuda / カバーデザイン 西村 弘美

あらすじ
初老の男が服毒による変死を遂げたと新聞で報じられた朝、三十代前半の女性がベイカー街221Bへホームズを訪ねてくる。彼女はアビゲイル・ムーンと名乗り、ダミアン・コリンボーンなる男性の筆名で探偵小説を書いている。コリンボーンといえば、相棒ワトスンの本棚にも作品が置いてあるほどの売れっ子作家だ。依頼の内容は、「真犯人に被害者と犯行の手口を盗まれた、自分の無実を証明してほしい」。彼女は次作に向けてストーリーの構想を練っているところだったが、昨日ヴォクスホール公園で死んだ男は、被害者として自分が選んだ人物だった。なぜ変死事件は起きたのか? ホームズとワトスンは調査に乗り出すが……。 

KADOKAWA公式ホームページより

 本作はいわゆるパスティーシュ(模倣作品)。著者亡き後も根強く愛され続ける名探偵は、名作パスティーシュの中でも事件解決に奔走している。パスティーシュにも色々あって、ちょうどこの本と同じ時期に発売された「シャーロック・ホームズとシャドウェルの影」(ハヤカワ文庫)は、ホームズがクトゥルーと対決する……という原典ではありえない内容だ。

 そういう物と比べると、「新シャーロック・ホームズの冒険」はかなり正統派パスティーシュと言える。パスティーシュ初心者の私でも読みやすい、原典と同じ世界観で繰り広げられる物語だ。
 この表紙を見ていると、いつも通りのホームズ、謎の女性アビゲイル・ムーン……というのはなんとなくわかるのだが、どうもワトスンの様子がおかしい気がしてくる。初めのうちは気のせいかなと思っていたが、読み進めるうちにもしや表紙のワトスンの表情がぎこちない理由って……と思い当たる節が湧いて出る。
 このさりげない視線の描写が、実にいい表紙……。ワトスンの様子については、ぜひ本作をお読み頂いてご自身の目でお確かめ頂きたい。

 実は、これまで私はホームズのパスティーシュを読んだことがなかった。それなのにこの本を読もうと決めたのは、間違いなくかつての「ジャケ買い」がきっかけだ。もちろん、内容が面白そうだと思ったのはあるけれど、それでもスッと迷うことなく買ったのはこの表紙のせいだ(イラストだけじゃなく、実は表紙に使われているフォントの雰囲気が絶妙でかなり好き)。
 まさか、ジャケ買いに端を発した「この人の絵、好きだなあ」という淡い気持ちが、長い事好きなホームズに辿り着くとは思わなかった。(イラスト担当のsekudaさんは、ご自身のTwitterでホームズ好きと仰っていた。きっととても嬉しいお仕事だっただろうと思う。)


ジャケ買いで広がる世界

 音楽でも本でも、愛好家の中には「中身ではなくパッケージで買うなんてけしからん」という考えの方もいらっしゃることだろう。私もそれにはある程度賛成だ。だけど、頭では「けしからん」と思っていたとしても、人は雷のような衝動に駆られてジャケ買いしてしまう瞬間がある。

 そして、ジャケ買いをきっかけに出合った作品のことが好きになって、それまで手を出して来なかったジャンルを知るきっかけになる場合は無限にある。私が、普段読まない恋愛小説やパスティーシュに手を出すようになったように。(人生をさかのぼれば、音楽で言えばそんなことはしょっちゅうあった。)

 だから、ジャケ買いを軽んじることは出来ない。だって、頭ではなく心が動いてしまうのだから。もしご自身の心にジャケ買いの波動を感じたなら、逆らうことなく身を任せて欲しいし、私がそんなこと言わなくたって、たくさんの人が既にそうしているのではと思う。

 今回、私が思わず本をジャケ買いした理由はイラストだった。他にもまだ色んな要素で思わず本をジャケ買いしてしまうことがあるので、それについてはまた別の機会にまとめられたらいいなと思っている。


【追記】sekudaさんの初作品集は2024/4/12発売!おめでとうございます!



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© 2022 Aki Yamukai

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