大陸への船
船着き場から出た船は大陸南部にある町、サルヴァの港に向かって問題なく航路を進んでいるらしい。
らしい、というのも、今まで島を出たことなどない私は、大きく波打つ波を見て、正直なところ今に沈まないものかと怖気づいてしまっていた。
そんな、度胸なんて持ち合わせていない私が故郷を出るのには事情がある。
私についてより、まずは島について話そう。
島の中では資本経済はなく、基本は村を一単位とした自給自足と助け合いで生活をしている。
時折、漁の収穫の一部を大陸の港に卸して、必要物資と保険的な余剰資金を得る。
大陸では貨幣が流通しているのに、実に原始的だと思う。学校で学ばされることの殆どは別世界のことだと感じるほどだ。
その原始的なこの島で最も特別なものは、歴史遺産だった。
島には伝承がある。
曰く、この島こそが我らが国の始祖が王となった地である、とか。
始祖が王となる神託を受けたという、伝説の島だというのだ。
住んでいる私には時代に取り残された島としか思えないというのに、学校の卒業式やらの際には国王すらも来る。まあ、その間の私と来たら、時にはサボって顔を出さなかったから、今から考えると申し訳なく思えた。
そんな王族縁の島で育った子ども達は例え孤児だったとしても、高度な教育を受ける事ができた。身寄りがない私が、島を客観的に見れる知識を持てたのも、やはり島の外から遣わされた先生方の影響だ。
旅立つことになった理由も王族にまつわることが理由で、それは成人の日に起こった。
「ユーリ、あなたは王子だ」
親代わりに育ててくれた司祭は、いつもの親し気な雰囲気を断ち切ったような口調で、そう切り出される。
それから語られた話はどれも壮大すぎて、無関係な夢物語に思えた。
この島では、代々の王位継承者を育成しているのだという。
同じ学校で学んでいたのは、本人には自覚がないものの、国の中枢に仕える貴族の子女や、同じく王位継承権を持つ者さえいる。
「何で今日になって、そんな話を?」
成人の儀を終えて直ぐに呼び出されたのには理由がある筈だった。
初老の司祭、マルガンは視線を伏せ、一通の手紙を渡してくる。
『王位継承権保持者、ユーリ・ファルア。上位継承権保持者の失踪に伴い、貴殿は第一位の権利者となった。従って、貴殿に王位継承の試練を与える』
現実味のない内容だったが、ファルア王宮の印が押されているのを見て、本当の話であることを理解する。
試練の内容はそれなりに悲惨であり、始祖の王の旅路をなぞるように、秘境や聖地を巡っていくものだ。
順調に行っても5年は掛かる、過酷な旅路だった。
「しっかりと旅支度を整えなさい。手に入らないものはこちらでも用意しますから」
その言葉には有無を言わせぬ圧があり、これが断ることができない命令であることを伝えていた。
当然、私としては出来ることなら行きたくはない。文面を見る限り、先達は逃げたか、死んだか、というところだろう。
だが、これは王命だ。王族だと言われても、身寄りのない状態で断れば、行く宛もない。
結局、何も言わずに旅支度を整えた私は、島に来る観光船に紛れて大陸へと渡ることになった。
強い風を受け船が大きく揺れた。咄嗟に手摺を掴んで、振り落とされないように耐える。
どうにか揺れに対処できるようになってきた。
とは言え、所詮は約2日程の短い船旅だ。これからの旅路を思えば実に一瞬の出来事でしかない。
こんな事で動揺しているような人間は旅人には向いてないだろうな、と思った。
もうすぐ日も暮れる。あてがわれた船室に戻る前に、船の行く先を眺めた。
遥か先に見える大陸の影は、まだ大きくならないようだった。
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