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ルール

「お前、赤信号渡ったらしいな。地元じゃ有名人だぜ。」
前からうざかった地元の奴がいつにもなくうざい事を言ってくる。軽い殺意を覚えた。

いつからこんな事になってしまったのか分からない。誰もルールを破らないのだ。あの横柄そうな奴の運転する車は歩道の前では必ず一時停止する。いつもならクソ迷惑な所を渡ろうとする老人たちは誰にも迷惑をかけずに白く塗られた歩道の上しか歩かない。何もかも気持ち悪い。

少し前までみんながしれっと破っていたルールを誰も破らなくなったのだ一体なぜこんな事になってしまったのかこんな俺が知る由もない。気付いたのは最近の事だった。

そろそろ気持ち悪くて吐きそうなので街に出て色々と観察してみる事にした。どうにかして原因を掴みたいと思っていた。

くさい香水を付けてる奴らが好きな火遊びの残りカスや、見た目だけで売れているゴム状の黒い粒の残ったカップは今は道のどこにも捨てられていない。急いだ所で何をするわけでもないのにエスカレーターを駆け上がる奴、奇抜な髪で自分の軽薄さを隠そうとする奴もさっぱりいなくなってしまった。

信号機の前では車も通らず警察もいないのに赤の光が効力を発揮している。どこからともなく湧いてきた衝動は俺の背中を押して、気付いた時には赤信号を渡っていた。

その時の周囲の行動は背筋の凍る気持ち悪さだった。ある奴はあたふたして後退り、ある奴はスマホで動画を撮り始めた。渡りきる頃には歩道の反対側はモーゼのように道ができていた。

クソみたいな世界にうんざりしてしまったので大きな通りのベンチに腰掛けて休む事にした。その時あるお婆さんが倒れるのを見かけてしまった。どうせ誰か老人思いの奴が駆け寄るんだから自分の仕事じゃないから。とりあえず見なかったことにした。見なかったことにするつもりだった。誰も助ける人は居なかった。

明らかにその状況を見ている奴もいたのに何となく周囲を見渡してそのまま立ち去った。他の奴らもだいたい同じ様な様子で過ぎ去っていった。これこそが気持ち悪さのの本質だった。奴らは周りと同じことしか出来ない。周りと違うことが出来ない。誰も助けていない人を助けるなんてことは出来ないのだ。

同調圧力に殺され、自分の意思を持たない。持っていたとしても周りと違う意識など自分の中で殺さなくてはいけない。そんな奴らには赤信号を渡ることなんて出来るはずもなかった。目の前の困っている人を助けることなんて出来るはずもなかった。付和雷同も極まるとまるでゾンビではないか。

「いや、その...大丈夫ですか?」

ほとんどの友人も同僚もゾンビになってしまっていた。何を言っても面白い反応なんて帰ってくるはずもない。
「今となっちゃ俺に話しかけてくれる奴なんてお前ぐらいだよ。誰も俺に関わろうとしてくれないんだ。」
それを聞いた奴はあからさまに頬を引きつらせて何も言わずに去っていった。つまらない、こいつもゾンビか。やっぱり殺してやろうか。


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