見出し画像

風間直樹、井艸恵美、辻麻梨子『ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う』東洋経済新報社

精神疾患の患者数は日本中で400万人を超えているという。その中で入院患者数は28万人、精神病床は34万床あり、驚くことに世界の5分の1を占める。

精神病院の実態に調査報道部の記者3名で取り組んだ現実のレポートであり、労作である。日本の精神医療の深い闇を明らかにする。

精神保健福祉法が定める強制入院に「医療保護入院」がある。本人が同意しなくても、家族など1人の同意に加え、1人の精神保健指定医の診断があればできる。医療保護入院には入院期間の定めがない。2020年6月末時点で約13万人の医療保護入院がある。

西日本で看護師として働く30代の女性は、2014年4月、夫の双極性障害が悪化したため、夫とともに訪れた精神科病院で、突然、強制入院させられた。抵抗する間もなく、両手、両肩を2人の男性看護師につかまれて、閉鎖病棟内の隔離室へ連れられ、いきなり鎮痛剤を注射された。

医療保護入院に同意したのは夫だ。カルテによると、診断名は入院中の3ヵ月で、統合失調症、双極性障害、自閉症スペクトラム障害、広汎性発達障害など、たびたび変わった。いまは地元を離れ息子と2人で暮らしている。夫と離婚調停中である。

離婚を有利に進め、子どもの親権を得るために、医療保護入院が悪用される事例は、ほぼ切れ間なくあると言う。警察官OBの「民間移送会社」により突然、連れ去られる事例もある。その場合、家族が警備員1人当たり1日5万円程度を支払っている。

福島県内の精神科病院に40年間入院させられた伊藤時男さんは、東日本大震災で県外の病院に転院するまで、退院できなかった。2020年9月30日、国に対し3300万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。いまは転院先の主治医から勧められたグーループホームを経て、群馬県内で1人で暮らしている。

日本の精神病床の平均在院日数は265日、短縮傾向にあるとはいえ、数十日程度がほとんどの諸外国と大きく異なる。1950年代、向精神薬クロルプロマジンの開発により、統合失調症が薬物による治療が可能となると、欧米諸国は在宅での地域医療に大きく舵を切った。

ところが、日本では、入院患者に対する職員配置について、他の診療科と比較し医師は3分の1、看護師は3分の2とする「精神科特例」が設けられ、また、精神科病院への国庫補助、医療金融公庫による低利融資が行われた。

現在、高校2年生の遠藤さん(仮名)は、7年前の春、父親から虐待を受けて児童相談所の一時保護を受け、神奈川県内の児童養護施設に入所した。当時まだ小学校4年生で、突然親元から離された寂しさから泣き暮らす毎日であった。

施設の職員に総合病院の精神科に連れられ、ADHDと診断された。向精神薬「コンサータ」の服用が始まった。しばらくして「ストラテラ」も追加された。朝6時半に起床すると、毎日、職員にコンサータを飲まされた。薬を飲み忘れて登校しようとしたら、自転車で追いかけられて飲まされたことがあった。下校後の夕食前にはストラテラを服用する。

コンサータを朝飲んだ後はだるくて二度寝した。ストラテラを飲んだ後は幻覚と幻聴、そして被害妄想に悩まされた。遠藤さんは2018年、退所し、再婚した母親の元に戻った。自宅に戻ってから薬をやめた。

2017年、児童養護施設に入所している子どもの34.3%はコンサータやステラテラなどの向精神薬を服用している。2007年の調査では3.4%であったので、この10年で急増している。

児童養護施設だけでなく、学校や保育園から発達障害の診断が促され、処方の低年齢化が進んでいる。学校では少し問題があると発達障害を疑われ、特別支援学級への転籍や、服用を勧められる。薬を飲んで落ち着かせることにより、成功体験をさせるというのが、多くの教員の考え方である。学校のルールが厳格化され、ルールを守れない子どもが問題児扱いされてしまう。

発達障害の定義は医学的な定説はなく、その原因も明らかになっていない。それなのに、「発達障害者支援法」により「脳機能の障害」として、生れながらの本人の障害という認識が法律上、明記された。

父親から母親へのDVがあり、それが解決したら子どもが安定したケースもある。周りの環境整備よりも薬が第一になっている。親が子どもの問題と向き合うには、医療以前に育児の不安に寄り添う相談支援の場が必要だ。

生活保護を受給している生活困難者の受け入れを積極的に行っている精神科病院は少なくない。都市部や他県など遠方の福祉事務所とも密接に連携し、各地から生活困窮者を患者として受け入れる。また、「無料低額宿泊所」(無定)も福祉行政の生活困窮者の隔離収容政策に利用される。

本書では、認知症での精神科入院の問題も取り上げられている。そもそも精神科病棟は、精神科特例で医師や看護職員が少ない。認知症ケアをせずに向精神薬を投与する。先進諸国では、認知症の精神症状に対する抗精神病薬の投与については悪影響が議論され、ガイドライン等が策定されている。日本にはこれがなく、長期入院するケースが見られる。日本精神科病院協会(日精協)の主張が影響しているという。

ハンセン病問題と同じことが精神科医療で行われている。精神科医療利用者を『町で暴れている人』とみなし、精神科病院への隔離収容する。そこには、行政と医療の共犯関係も見える。精神科医療利用者への人権侵害を止めるためにも、その実態について目を背けてはいけないと思う。

患者のことに親身となって治療し、カウンセリングも力を入れている精神科医も多くいる。しかし、薬の投与と、長期入院で儲けることを優先している精神科病院も少なからず存在していることも事実である。行政も、人手不足を言い訳に、また目の前のトラブルを避けたいばかりに身体拘束をする精神科病院を安易に頼ってしまう。

さらに、統合失調症の入院患者の減少を補うべく、認知症の患者の入院を推進したり、ゲーム障害などの新たな精神病をつくり出すことは許せないと思う。著者も言っているように、日本の精神医療で必要なことは、内部のみで固まるのでなく、外部の指摘を積極的に受け止めることだと思われる。精神医療を理解するためにも、本書を読むことを多くの人に勧めたい。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?