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失敗と成功の境ってナンだ。

キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

時計の短長針がてっぺんに重なる時、学校のチャイムと同じ鐘がこの小さな街に鳴り響く。オカワカメの収穫を終えて、農園の釜屋(ダイニング)に帰る。

釜屋。いつかの夕飯時。

わたしが週の半分通う中里自然農園は、高知県の真ん中より少し西寄りの小さな町に位置する。中土佐町・久礼(くれ)の海に面した小さな集落。
南国土佐という字面に相応しいエメラルドグリーンの海が青空の下に広がる。


「お昼はなににしましょか」

釜屋の扉をあけてひょうひょうと農園長が入ってくる。

12時の鐘と共に畑や田んぼから人が居なくなる現象は田舎あるあるなのだろうか。とにかく彼も12時の鐘に忠実な人間の一人である。

農園長

農家ひいては百姓たるもの、仕事を作ろうと思えば、あれもこれもと無尽蔵に広がる。時間という縛りが生活に緩急の緩をもたらすようだ。

この瞬間めがけてピークを迎えた空腹に抗えないだけなのかもしれないが。

6月第一週目を迎えた畑に並ぶのは、ズッキーニやにんじん、ケール、キャベツ、春菊、セロリなど。ここで採れた野菜で、日々の食卓は彩られる。

中里自然農園の昼飯鉄則。早い、シンプル、あるものでできる。
これに従うと、おおよそスパイスカレー、ペペロンチーノに集約される。

前夜、試しに収穫をして作ったというトウモロコシごはんが、冷蔵庫でスタンバイしている。冷やご飯になっても一粒一粒のコーンの甘さが強烈に放たれる。ぜひともスパイスカレーと一緒に食したいところだが、3人分には少し足りない。

すると農園長。
「ナン、作っちゃう?」

私。
「え、、いまから?」

農家の昼休みは1時間だ。
畑担当の農園長、妻で出荷などフロントオフィス担当のさっこちゃん。
野良仕事ができなくなる日暮れまで、野菜発送荷物の集荷がくる夕方まで、それぞれのタイムリミットと日々戦っている。

なのに、この余裕だ。

しかも、ナンを作るのは2回目だ。
それでいて、この余裕なのだ。

レシピサイトを開いて、生地をこねはじめる。

そう、外弟子の私と農園長が昼飯担当である。

出荷作業をしているさっこちゃんに、出荷の端数になった野菜をもらいにいく。


フロントオフィス担当・さっこちゃん


今日の顔ぶれは、ズッキーニ、コリンキー、じゃがいも、にんにく、生姜。

加えて、家にある玉ねぎと鶏肉、トマト缶、自家製ヨーグルト、それといくつかのスパイスをつかってカレーを作る。

料理上手なさっこちゃんが参考にしている、流しのカレー屋・and CURRYの教本に倣いながら。


フライパンに油をたっぷりと引いてカリカリに焼く。
ドライイーストがなかったのでモチっとカリッとしていたが、しかし、ちゃんと味はナンのそれだった。空腹というスパイスも相まって、十分過ぎるほど美味しい。

「中土佐きってのナン職人!」

「いつからナンを!?」
「今日。」

などと戯言をぬかしながら、空腹を満たす口と手は止まらない。

ナンって意外と簡単なんだなあ。
インド人やネパール人には食わせられるもんじゃないかもしれないが、この釜屋において、これはナンだと言って食べればそれはナンになる。
カリフォルニアロールが寿司かを決めるのは、それを食べた人であるように。

そんな農家の昼下がり。

本日主役のナンの写真、撮り損ねる。ナンしとんねん。ナンつって。

時間に追われているのはお構いなし。いびつなカタチでも、ドライイーストなんてなくても気に留めない。
ここでは、失敗と成功の境目が曖昧なのである。挑戦と改良が存在するだけだ。

きっとまた昼飯にカレーを作る時は農園長は言うだろう。

「ナン、つくっちゃう?」

それで、その時は今日よりももっと上手く作ってしまうのだろう。
そのうち、小麦なんかも収穫しちゃって自家製ナンなんてできてしまうのだろう。

「いいね、作っちゃおうぜ〜」

次はきっとわたしはそう返すのだろうと思いながら、不恰好なナンを口に放り込んだ。


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