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おまえじゃなきゃだめなんだ 誠実と不誠実

角田光代が大好きだ。エッセイも小説も大好き!
特に好きな長編作品は「ツリーハウス」、「紙の月」。
いつもページをめくる手が止まらない。

学生時代を過ごした相模大野の図書館で、彼女の作品は全て借りて読んだ。図書館になかった作品は買った。
あの時の私は現実に向き合う事がとてもしんどかったので、読んでも読んでも全て面白い彼女の作品はありがたかった。

追いかける事のできる作家がいるって、なんて素晴らしい事なんだろう!あの頃は確かに、角田光代の作品じゃないと、だめだった。

膨大な量の彼女の作品の中で、折に触れて読み返す短編がある。
「おまえじゃなきゃだめなんだ」
人と誠実に向き合う事とはどういう事か、いつも考えさせられる。

主人公である「私」は、バブル時代に何故かモテまくり、浮ついた関係性を愛だと勘違いしてしまう。デートで何処に連れて行ってもらえたか、どんな高価な物をプレゼントしてくれたかで相手を品定めする。そういう外的要因でしか相手の自分に対する気持ちを計れない。

ある時、初デートで連れてこられたうどん屋で、「私」は衝撃を受ける。
そのうどん屋は高くても500円程度で、特徴があるわけでも美味しい訳でもなかったからだ。
初デートで500円のうどん?ナメられている!!と、「私」は憤慨する。

だけど、そんなお店のうどんをデート相手の男は、「やっぱりこのうどんじゃないと…。」と幸せそうに食べる。

ありふれていて、なんの変哲もないものでも、誰かにとっては特別なもの。そんな存在になりたかった。「おまえじゃなきゃだめなんだ。」と、言われたかった。

「私」の感じた喪失感や情けなさを、どこかで誰しも経験した事があるだろう。誰かの特別になるにはどうしたら良いのだろう。誰かと誠実に、真剣に向き合う事が、この先できるのだろうか。

誠実と不誠実について、この作品ではこのように書かれている。

「相手のことを知るたびに、見つめすぎず、適度に目をそらすこと。好きか嫌いか煮詰めないこと。それはだんじて不誠実なのではない。不誠実というのは、凝視したり煮詰めたりしたあげく、他人に逃げることだ。」

どんなに親しくても、大切な相手でも、相手の事を100%理解することなんて、きっと一生できない。
欠点を欠点のまま受け入れること。
適度に目をそらし、丁度よい距離感を模索すること。
それが、誰かと誠実に向き合う事だろう。じっくりと、時間をかけて、関係性を深めていくこと。

「このうどんじゃなきゃ駄目なんだ。」となるまでに、この男は何杯のうどんを食べたのだろう。
誰と、どんな気持ちで、どのくらいの時間をこのうどん屋で過ごしたのだろう。
その誠実さの積み重ねが、500円のうどんを食べる時間を特別なものにしている。

「おまえじゃなきゃだめなんだといってくれる誰かと、これから私は出会うのだ。うどんに負けるわけにはいかない。」
この作品の最後を「私」はこのように締めくくる。

私だって出会うのだ。出会ってやる。「おまえじゃなきゃだめなんだ」と思えるような人と、「おまえじゃなきゃだめなんだ」と言ってくれるような人と。

誠実に、時間をかけて向き合えば、きっと出会えるだろう。500円のうどんを一緒に食べる時間が、世界一幸せだと思えるような誰かと。



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