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読書録:【前方後方墳】の謎

植田文雄『【前方後方墳】の謎』(学生社)
博物館行脚などで遠出する際に読んでいた本。体調不良による発汗過多や電車内の混雑具合などによってなかなか進まなかった。
本書はタイトル通り、前方後方墳について書かれている。古墳の墳形はいろいろあるが、最も多いのは円墳、最も有名なのは前方後円墳である。前方後方墳は前方後円墳の後円部が方形になっているもので、多くの地域で古墳時代前期にしか造られない。例外的に出雲地方のみ、古墳時代を通して造られている。
著者は滋賀県能登川町(現東近江市)の文化財担当職員として、神郷亀塚古墳の発掘調査に携わった。その時の経験と考察が本書の基礎を成している。神郷亀塚古墳は全長約38mの前方後方墳で築造時期は3世紀、弥生時代から古墳時代への過渡期である。近くに式内社の乎加神社があり、関連があると考えられる。古墳の周辺は斗西遺跡という大規模な集落遺跡である。
著者は神郷亀塚古墳をベースに近江の前方後方墳を整理し、さらに全国へ目を向ける。定型化した最初の前方後円墳は奈良県の箸墓古墳で、その原型となると思われる前方後円墳が纒向遺跡内に複数築造されている。前方後円墳という墳形は大和で完成し、その後全国へ伝播していったのだが、古墳そのものの発生を見ていくと、最初に前方後方墳が造られ、その後前方後円墳が造られた地域が近江以東に多い。近江は古くから交通の要衝で、東海・北陸と交流があった。植田氏の研究では、どうやら近江を中心に、東日本に前方後方墳文化圏が存在したようなのである。このことは古墳研究に一石を投じるもので、古墳の発生が一元的でなかった可能性を示唆する。東日本においては、まず前方後方墳が造られ、その後前方後円墳が伝播したようなのである。邪馬台国畿内説に立って大和を邪馬台国に比定すると、大和以西の前方後円墳文化圏=邪馬台国連合と、近江以東の前方後方墳文化圏=狗奴国連合の対立構造が見て取れる(もっとも、厄介なことに大和には前方後円墳と並行して前方後方墳も造られている)。
前方後方墳文化圏の存在は古墳を研究するにあたって非常に興味深い。深掘りするといろいろなことが見えてきそうである。本書は古墳研究者必読の一冊だと思う。


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