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読書録:人類史の中の定住革命

西田正規『人類史の中の定住革命』(講談社学術文庫)
人類の歴史は、ここ一万年程度で急速に発展したが、そのターニングポイントとなったのが「定住」である。これまで、人類史は農耕の開始→定住の流れで解されてきた。だが、著者は逆、すなわち定住→農耕の開始の流れではないかと提唱する。
人類は長らく狩猟採集を軸として遊動生活を送っていた。それは草地を求めてアフリカの大型草食動物が移動するように、季節ごとに居住地を移動するものであったと思われるが、利点として廃棄物を気にしなくて良い、移動中に資源回復が行われるの2点が挙げられる。一方で、あまり大人数を養えない欠点がある。猿は元来、小規模な群れを作って遊動生活を送っており、そこから考えると我々人類も同じ生活スタイルを持っていたと見て間違いない。ある意味、遊動生活のほうが理にかなっていたわけで、それをなぜ人類は放棄したのだろうか。だが、放棄したことでここまで文明を発達させ得たのである。
定住の開始は約一万年前、新石器時代のことである。日本では縄文時代である。この時期は遊動から定住への移行期間であり、日本の場合は農耕こそ未発達だがクリの半栽培が行われていたことが三内丸山遺跡で明らかになっている。痕跡が未発見なだけで、簡単な畑作(イモ、豆類の栽培)は行われていたかもしれない。
本書の末尾には書き下ろしの論考が2本入っている。本書所収の他の論考と比較するとやや毛色が違うのだが、これが結構おもしろい。「手型動物の頂点に立つ人類」は人類の道具使用について論じているが、この中で前足を自由に使える動物を「手型動物」としてグループ化している。例えばカエル、猫、熊が該当する。猿=霊長類はその頂点に立つ。
もうひとつ、「家族・分配・言語の出現」ではおもしろい指摘がある。ここでは家族と言語について論じているが、その中で言語を「仕事の言語」と「安全保障の言語」に分類している。仕事の言語とはビジネス会話、安全保障の言語は世間話と捉えるとわかりやすいかもしれない。著者は昭和の「金属バット事件(十九歳の青年が家族を金属バットで殴打し殺害した事件)」を取り上げ、家族内における世間話の衰退=会話の不成立を背景に求めている。核家族化と父親の長時間の不在による家族間会話の衰退により、ビジネス会話しか使いこなせない家父長の増加とビジネス会話スキル習得のための苦痛が目立つようになったらしい。ビジネス会話はドライなもので、そこに感情を含まない。そうした状態が家族内に不協和音を生み、事件に発展したのだろう。
全体にスリリングな論考で、読んでいておもしろかった。


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