第52回: 雨後のマンゴー (Apr.2020)

 金か命か、日本の為政者は諸外国と異なる選択をしたということだろう。極めて自制的な日本人、2-3割の外出抑制なら “お願い” も効くだろうが、7-8割減は仕組みを変えないと無理だ。普段、外出している人口の半数が完全に謹慎し、残り半数が活動を半減させてやっと7割5分減、くらいの算数ができないはずがない。完全ロックダウン下のインドでの結果が、閉鎖されたはずの飲食店・映画館等で77%減、動いてないはずの公共交通で71%減だから、特定の地域や業種を論う限り日本政府の謳う7-8割減が掛け声だけに終わるのは明白だ。

 数日前、Whatsappやらメールやら電話やらで仲間が一斉に連絡をしてきた。口々に、やっと本気になったか、いよいよ始まるか、日本政府は良く決めた、と言い、何事かと添えられたリンクを開くと、“企業の脱中国に予算2千億円” という記事。どこかで誰かが訳したものをインドの国内メディアが一斉に取り上げたようだ。“China +1” かそれ以前から長らく付き合い、何ら進捗・進展がなくとも痺れを切らすことなく、いつの日か協業が始まることを信じて事あるごとに声を掛けてくる日本贔屓の面々。有史以来数千年の因縁、地政学的な国境紛争を抱える中国への心象が頗る悪いのに、“Japan” と聞けば手放しに品質や信頼が称賛されるのは不思議な対照だ。期せずして邦人救出便が初号機となったBengaluru・成田の直行便、多くの駐在員が一時この地を離れても、いつか戻った日には、と待っていてくれるはずだ。

 とはいえ、ポスコロ (Post-Corona) 時代を牽引する “電化” の核心は中国にしっかり握られている。創成期こそ国産ブランドがリードしたスマホ市場は、今やすっかり世界を制した中国勢に飲み込まれた。代理店を通じて市場を俯瞰し、パートナーと当地なりのやり方を探り、政府案件に食い込んでブランドを高め、広告と流通に投資してデファクトを築いていく。戦略を語るまでもない王道だが、広い国土に首尾一貫した活動を徹底するのが困難なインド市場、統一的なメッセージできちんと面を押さえる基本のアプローチができれば効果は十分だ。政府はここ数年、電気電子機器の関税を段階的に引き上げMake in Indiaを促しているが、組み付け技能者の育成や最低限の品質管理がせいぜい、基幹部品の調達は輸入に頼らざるを得ない。

 インドがいかに諸手を挙げて呼び込もうとも、2千億円の脱中国予算がこちらに使われることはないだろう。“有事に備えた日本国内回帰” か “引き続きのASEAN拡大” に費やされるのがせいぜいだ。コストを求めてインドへ、という話は最近あまり聞かないが、相変わらず “人口13億” が枕詞になっているところを見ると、未だ日本の戦い方・戦うべき市場は定まらないように映る。“高度人材” に市場開拓や製品開発を任せる企業も出始めてはいるが、未だ限定的な役割での起用に止まり、本社を内から変革してグローバル競争力を磨く原動力、とまではなり得ていない。

 コロナ禍明けの世界は脱中国に進み、インドがその筆頭候補地となるのは間違いない。ポスコロのインドをどう想定するかは軟禁生活中の頭の体操か、少なくとも退屈凌ぎにはなるはずだ。“インドでイノベーション!” を奨励する補助金も用意されたから尚更、調査中、検討中、から具体的な一歩を踏み出す好機だ。インド人もビックリの “WOW Value” をどう示せるかがまず最初の勝負、要求次第で現れる相手は変わる。次に求められるのは、その時その場の巡り合わせの中、どう即興劇を演じられるか。予めの調査は気休め、あくまで現地現物による現場合わせが基本だ。日本人には何とも馴染みがない世界、場数を踏むには早く舞台に立った方が良い。

 滅多に雨の降らないこの時期、先週の数日間は比較的しっかり目に降り、夜も涼しく眠れた。地元ではこの雨から本格的なマンゴーの季節が始まるという。自宅前の大木にも無数の実が日に日に育っているが、昨日、買い物に出ると、向かいのアパートの守衛が顔を見るなり走り去った。戻った手には青い実がふたつ。言葉も通じず敬礼を交わすのみの相手だが、通る度に見上げているのがよほど物欲しげに見えたのだろう。新鮮な分け前を貰い、有難くサラダにして頂いた。これから週替わり・日替わりで百品種超が次々と旬を迎えるマンゴー、今年は当地に来て初めて、フルシーズンを楽しめそうだ。

 当面は世界のどこにいようが隠居の身、ポスコロ時代のトレンド変化を見据えて、手近な青い実をどの順番でどんな色に熟れさせるか、思いを巡らせたい。雨後のマンゴー、美味しくたわわに実らせたいものだ。

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