第64回: 土俵を変える準備体操 (Oct.2020)

 “未知のインド” を案内する際、どこから話を始めるべきか悩むことが多い。何度かやりとりして背景や意図が理解できれば求める情報も想定が付くが、問われている文字面通りの質問ならメールの体裁を整える間に検索もできたはず。数か国を対象とした横並び比較の一候補だったり、国・自治体への報告・提言だったり、後の積極的な活動を導く為の予備調査も多いがこれらの場合、まずは “準備体操” を通じて頭を柔らかくするよう薦めている。

 “ミニ・グローバル” であるインド市場は異種格闘技戦、早い者勝ちだけが唯一のルールだ、と常々話している。ポスコロNew Norm下でこの状況は加速する一方だが、日本に伴走する上では、どんなペースでインドを走りたいか、の意向確認が欠かせない。検討を始めた動機と意気込み、ヒトモノカネの投入想定を聞けば期待するスピード感は自ずと見えるから、担当者の語る当面の計画や目標、狙いとの整合性から実態への理解度も測れる。

 “現地を知らないからまずは調査を” という要望はその狙いからして曖昧だから、どう納得感を持ってもらえるかが勝負。変わらず望まれるのは “関連商材の販路を持つ企業リスト” だが、日本での売価が当地流通価格の数倍なら国際物流や関税、マージンを加算すれば一桁多い価格帯になる、というのが自然な経済感覚だから、“日本製 = 質も価格も高い” が共通認識にある今のインドにおいて、よっぽど魅力的に映る製品や技術 (WOW Value) で目を引かない限り、当地の事業者は関心を示さない。

 納期の想定、納品地までの物流手配と品質担保、規制適合・許認可取得、設備・教育・マーケティングへの投資、十分な供給量と支払いサイトの確保といった取引条件は、売りたい側から提案するのが常識。よく分からないし面倒だから、この部分も含めて一切合切お任せしますとすれば、無知なお人好しを歓迎するパートナー候補は多いが、結果としてFeasibleな事業体制に至った事例を見たことがない。改めて調査・検証して方針を固めます、と言えば、では準備が整ったらまた声を掛けて、となる。

 ここまで一通り経験してようやく、誰か専門家はいないか、となるのだが、最新の実情を知るのは地元で現業に携わる者しかいない。身近に見つけた流暢な日本語で親身に話を聞いてくれるだけの専門家に任せて “もう何年も待っている” という話も多い。日本語・英語・現地語の重層的なコミュニケーション構造を通じて意図の外れた一問一答が繰り返されるから、“インドの規制” は都合の良い各州事情のツギハギで理解され、“輸入に必要な手続き” には問われなかった販売許可が見過ごされる。何に対して金と労力と、何より時間を費やしているのか。

 巨大な市場規模に世界中が注目して既に何らかのアプローチをしている今のインド。よほど特殊な要求でもない限り、現地パートナーに名乗りを上げる者も無数にいる。外国人に国内のことを聞かれれば、何の確証がなくても “俺に任せろ、No Problem” と答えるのがインド人だし、それを鵜呑みにするのは日本人くらい。ちょっと指先を動かせばオンラインの質問履歴から誰もが思いつきそうな論点と真偽不明の回答くらいは瞬時にタダで拾える。

 他方、これだけ情報アクセスが良くても、各州・各市の行政サイトは大多数の聴衆が馴染む現地語だから、日本から見つけた “現地の専門家” が全土に隈なく精通していることはあり得ない。皆目見当が付かなくても自信を持って何かを示唆してくれる当地の流儀からすれば、質問する側は細目一つひとつ、自ら論理構成して話を組み立てていく姿勢は欠かせない。想定する事業を一巡り、ドラフトして示した上で、PoCに付き合ってピースをひとつずつ埋めてくれる誰か、を探すことが次に求められる。

 欧米の市場開拓や中国・ASEANのサプライチェーン拡大とは異なるアプローチが求められるインド、つまるところ、これまでに培い馴染んだ海外事業のやり方を “諦める” 頭と心の準備が必要だ。グローバルの道場であるインド、そのアプローチにもイノベーションが求められる。

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