二度三度来たくなる観光地作り②/コロナ禍で見つけた3つの宝(その1)
大分県の湯布院町湯平温泉にある小さな旅館「山城屋」が、コロナ禍を経験して見つけた大切な宝物。そして、これから益々グローバル化する観光業界の取り組むべき課題について回を分けてご紹介します。
「立ち寄り湯」と「ランチ」を開始
2020年の1月は、当館においてもまだまだ外国人客の姿は見られ、その時点ではこれから起こる長い「不遇の時代」を全く予想もしていませんでした。
やがて、翌2月あたりから国内での感染者発生状況が明らかになるにつれ、既存の宿泊予約者のキャンセルが相次ぎ、予約帳はあっという間に真っ白になってしまいました。
宿泊客のいない旅館で何もすることが出来ない私は、それでも「今できることは何か?」を日々模索していました。
そうした中、新たに取り組んだものが「立ち寄り湯」と「ランチ」だったのです。
実は、以前にもこれらの取り組みを考えたことはありました。
ですが、このような「お昼の営業」は、私たち家族経営の小規模旅館にとってはかなりのハード業務といえます。
以前は宿泊のお客様の対応だけで精一杯で、前日のお客様のチェックアウトから次のお客様のチェックインまでの時間は館内の清掃と準備に追われ、午後の余った時間は私たちの貴重な休憩時間でもありました。
しかし、毎日がほぼ「開店休業」となった時点でそんなことは言っていられません。
私は急いで、「立ち寄り湯」と「ランチ」の幟を調達して道路沿いに掲げ、チラシも作成しました。
今までしたこのない「お昼の営業」で、はたしてどれほどの集客が見込めるかは全く不透明でしたが、この「立ち寄り湯」と「ランチ」を始めたことによって、私は本題である一つ目の大きな「宝」と呼べるものを見つけました。
それが「ひと」なのです。
お客様とのコミュニケーション
その年の2月の終わりから始めた「立ち寄り湯」と「ランチ」の営業は、予想以上の反響がありました。
それまでの宿泊のお客様は、外国人を除くと東京や大阪などの大都市からの方で占められていましたが、「日帰り」という気軽さからか、大分県内や隣県からのお客様を多く見かけることとなったのです。
今まで「湯平温泉は近すぎて宿泊までは…」と敬遠されていた方や、ご家庭の様々な事情で「宿泊は出来ないけど日帰りなら」という風にお気軽にご利用いただけるようになったことが大きな要因だと思われます。
そして、このようなお客様と接する中で、私にはひとつの発見がありました。
それは、お客様との「コミュニケーションの時間」が意外にも多く取れるということです。
宿泊のお客様と比べて滞在時間の少ない日帰りのお客様の方が「コミュニケーションの時間」が多く取れるというのは不思議に思われるかも知れませんが、実際にお客様と接する時間は確かに以前の宿泊のお客様よりも多いのです。
なぜかと言えば、宿泊客の場合は、チェックインとチェックアウトのとき以外は殆どお部屋に籠ってしまいますので(当たり前ですが)、我々が実際に接する時間は限られています。
しかしながら、「日帰り」のお客様はそもそも「籠る部屋」がありませんので、私たちからすれば、ロビーやレストランなどで、準備が出来るまでの間や食後の寛いだお時間などに何気ない雑談をさせていただく機会に比較的恵まれているのです。
その後、このお客様とのちょっとした雑談の中で、私は大きなヒントを得ることになるのでした。
お客様の提案で「バーチャル動画」を自主制作
日帰りのお客様との会話の中で最も多い話題は「コロナ禍での観光」についてです。
なかなか外出し辛い状況の中で、人は何を求めているのか?私は半ばリサーチする気持ちでランチにみえられたお客様へお尋ねしていました。
そんなときに、あるお客様の答えは「今はバーチャル(疑似体験)とかが求められているんじゃないでしょうか?」でした。
確かに、VRゲームやVR海外旅行など、バーチャル(疑似体験)は新たな手法として広がりつつありました。
私はこのヒントを得て、早速旅館で出来るバーチャルに取り組むことにしました。
それは、お客様がご家庭にいながらにして旅館に宿泊した気分になれる動画の制作です。
私自身が元々動画撮影を趣味としていたこともありますが、テーマが決まると即実行に移しました。
そのテーマは、チェックインから夕食の時間までを、あくまでも「お客様目線」で撮影し、それを視ている人はあたかもご自身が旅館に来ているかのように感じられる動画を目指すというものです。
私がお客様役となってカメラで撮影しながら玄関から入ると、女将である家内がいつも通りの感じで「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。」と出迎えます。
その後は色浴衣を選んでお部屋へとご案内されます。客室でいつも通りのご案内を受けたところで、今度は露天風呂の入浴です。私は実際に裸のままカメラを持って湯舟に浸かりました。(安心して下さい。私は映っていませんよ。)
最後はレストランで次々に運ばれてくる夕食に舌鼓を打って生ビールを飲むところでおしまいです。
このようにバーチャル(疑似体験)でリアリティーのある動画を視聴することによって、気軽に「旅行気分」を味わっていただくことが狙いではありますが、いずれ観光マインドが回復した際には本物を体験しようと真っ先にみえていただくことを期待して制作したものでもあります。
コロナ禍で観光業が疲弊する中、旅館が自ら制作した動画というものが珍しかったこともあり、この取り組みは新聞やテレビでも大きく取り上げていただきました。
また、この動画で当館のことを知り、「実際に泊まってみたい」ということで宿泊され、その後二度三度とリピーターになっていただくことにも繋がりました。
私は、お客様からいただいたヒントを元に、「今出来ること」を素直に形にしただけですが、窮地を救ってくれたのはやっぱり「ひと」なんだとあらためて実感したところです。
お客様との接点は貴重な情報源
以前の「宿泊客」だけの営業での基本的な接客スタンスは、「つかず離れず」でした。
どちらかというと庶民的でフレンドリーが売りの当館ですが、一般的に旅館のお客様は「プライベート」を楽しみに訪れているので、私たちスタッフは、出来るだけ積極的に関わることは控えて、お客様が何か困っているときにだけお声を掛けるように心がけていました。
ですが、「お昼の営業」を行うようになって、お客様との接点が実は貴重な情報源であることを再認識しました。
茶道の世界で「一期一会」という言葉がありますが、私たちがお客様と接する時間はまさに、この「一期一会」と同じく「一生に一度」の出会いといえます。
その限られた出会いを、アニメの言葉ではありませんが、「全集中」で接し、そこにヒントがあれば、貴重な情報源として最大限に生かす努力をしなければならないと思うのです。
そうした努力もせず、ただ毎日を悲観するだけでは何も生まれませんし、この先「コロナ」が完全に収束した後も、何年か辛い思いをしただけで学ぶものは何も無かったことになります。
「ピンチをチャンスに」とよく言われますが、言い換えれば「転んでもただでは起きない」という気概も必要だと思うのです。
そして、「人を動かす」のは、やはり「ひと」であり、この後に続く第二・第三の「宝」も、その「ひと」との繋がりが大きな力となって実を結ぶことになるのです。
マガジン(まとめ)
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