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創造 ルネサンス美術 Renaissance art

14世紀、東方よりもたらされたイタリア半島のリナシメントは、アートの分野において最もわかりやすい形でその創造の花を咲かせました。
ルネサンスのアーティストたちは、人間が中心であった古代ギリシアやローマを規範として、ヒトの視線、尺度、そしてヒューマニズム(ウマニタス)を取り戻そうとしました。
神が自らの姿に似せて作りたもうた人間もまた、万物の中心に置かれるべきであり、すべての事象へと自らを広げていく存在であるという思想から、諸学に通じたアーティストたちのさまざまな作品群が、百花繚乱と咲き乱れたのです。

中世キリスト教の装飾絵画では形式的で平面的だった人物や建物などが、写実的で立体的に表現されるようになり、人間的な感情を表す表情が描かれました。
人間を人間として、空間を空間として、視覚でとらえたままに描く「自然主義」と呼ばれるスタイルです。
1266年頃フィレンツェ近郊で生まれたジョット・ディ・ボンドーネは、表情豊かな人物を三次元的な空間描写の中に自然な遠近比率で描き、それまでの様式的な絵画表現を革新しました。
ジョットはイタリア・ルネサンスへの先鞭をつけた偉大な芸術家として、「西洋絵画の父」と呼ばれています。

後にサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラを建てることになる天才建築家ブルネレスキが1413年透視図法(線遠近法)を開発すると、親友の彫刻家ドナテッロは透視図技法による世界初の彫刻作品「聖ゲオリギオスとドラゴン」を制作しました。
当時フィレンツェ共和国最高の画家と言われていたマサッチオは、透視図法を絵画に生かし、まるで生きているかのように、人物とその身体の動きを再現する自然で写実的な手法で描き、他の芸術家たちに多大な影響を与えました。
ブルネレスキ、ドナテッロ、マサッチオは、初期ルネサンスの三頭と目されています。

『建築論』で古代ローマの人体比例を紹介した「万能の人」アルベルティは、『絵画論』でブルネレスキの遠近法理論を体系化し、一般に広めました。
透視図法はルネサンス絵画を特徴付ける技法として芸術家たちに取り入れられ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなど、多くの巨匠が透視図法を用いて傑作を世に送り出しています。

写実的な表現に目覚めたルネサンス期の画家たちは、人体を的確に表現するため遺体を解剖して、骨格や筋肉の構造を研究するようになりました。
中でもレオナルド・ダ・ヴィンチは1489年以降、約20年間で30体以上の遺体を解剖し、詳細で正確なスケッチを多数残しました。
古代ギリシアやローマでは、人体には隠された理想的な比率(プロポーション)があるとされ、ローマ時代の建築家ウィトルウィウスは著書『建築について』で人体比率に言及しています。
レオナルドはこれを『ウィトルウィウス人体図』として描き、後の数々の絵画作品にも“人体の黄金比”を用いることで、有無を言わせない傑作に仕上げています。
ブリュッセル生まれのアンドレアス・ヴェサリウスは、23歳にしてイタリア・パドヴァ大学で外科学と解剖学の教授となり、1543年に解剖学書『ファブリカ(人体の構造に関する七書)』を出版して「近代解剖学の祖」と称号されました。

ルネサンス三大巨匠、レオナルド(1452-1519年)、ミケランジェロ(1475-1564年)、ラファエロ(1483-1520年)の3人が活躍した16世紀初頭は、イタリア・ルネサンスの美術が頂点を極めた時期として、盛期ルネサンスHigh Renaissanceと呼ばれます。
レオナルドは絵画だけでなく、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に長け、それぞれの分野で第一級の才能を発揮しています。
ミケランジェロもラファエロもまた、様々な芸術分野で類まれな才能を示す「ウォーモ・ウルヴェルサーレ=万能の天才」でした。
職業や立場にとらわれることなく、あらゆる事象に普遍的な関心を持ち、創造性を発揮することが理想とされたルネサンス期の人間観が、この3人の天才として結実したのだとも言えるでしょう。

時代が下り科学革命、産業革命を経た近代資本主義社会では、「1人1分野1職業」という分業型人間観が一般的となりました。
機械的な単純作業を繰り返す工場労働者のような職業は、ひたすら神の名の下に祈って生きる、ルネサンス以前の中世ヨーロッパの人々の暮らしぶりを彷彿とさせます。
しかしこのような19世紀20世紀型の産業構造は、21世紀の現代にはそぐわなくなりつつあります。
単純労働はロボット、単純思考や計算はA Iの方が、ヒトよりよっぽど得意としている現在、ヒトに残された強みは創造性だけと言ってもいいのではないでしょうか?

ルネサンスに花開いた目眩くような創造的活動は、産業社会に暮らす我々の目にはとても輝かしく映りますが、ルネサンスのアーティストたちが気づいたように、ヒトは本来「万能universal」な生き物なのです。
単純労働から解放され、人間としての創造性を開花させていく第2のルネサンスは、イタリアやヨーロッパを超えた全世界的なスケールにおいて、今まさに始まろうとしているのではないでしょうか。

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