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ジョギングとランニング

ヒトは地上動物界で比肩するもののない、優れた長距離走者です。
短距離走のゴールドメダリストであるチーターは、1kmも走れば体温が40.5℃まで上がってリタイアしますし、長距離走の代表選手ともいえる馬も、20kmほど走ったところでダウンしてしまいます。
狼やハイエナは10〜20km以上獲物を追いかけ続けますが、長く走れるのは涼しい環境下に限られます。
疾走時の筋肉は、歩行時の10倍もの熱を生産するため、体温が過度に上昇して脳が疲労を起こしてしまい、動物は動くことができなくなるのです。

ところがヒトは蓄熱作用のある毛皮を持たない上に、全身にエクリン汗腺を発達させているため、筋肉が生産した熱を皮膚から放散しながら、動き続けることができます。
体重70kgの人が100mlの汗をかき、それが全部蒸発したとすると、気化熱によって体温は1℃下がります。
20℃の快適な気候の中でも、1km5分のスピードで走った場合、5分毎に100mlの汗をかくといいますが、走行時にはそれだけのペースで体温の上昇を抑える必要があるということなのでしょう。

北アメリカ大陸を走って横断する「ラン・アクロス・アメリカ」大会では、カリフォルニアからニューヨークまで約5,000kmの道のりを71日間かけて走ります。
45℃を超えるネバダ砂漠や、標高3,450mのロッキー山脈を越えながら、1日平均70kmの距離を、毎日走り続けるのです。
もちろんこの偉業を完遂出来るのは、人類の中でもごく一部の超人的気力体力に恵まれた者に限られます。
しかし一般的な体力しか持ち合わせていない人でも、10kmや20kmという距離を走ることくらいなら、練習次第でできるようになるものです。

数百万年もの間、ヒトは獲物を追いかけ回すことで生き延びてきました。
逃げ足の速いトムソンガゼルやアンテロープが、疲れ切って動けなくなるまで辛抱強く追い続けることができる持久力こそ、ヒトの持つ一番の武器でした。
走り切った後には、美味しい肉と、仲間たちからの称賛が待っています。
その切なる想いが、ヒトを地上最強の長距離ランナーに育てたのです。

このようにヒトは、走る事で報酬を得るべく進化してきたため、いつしか獲物を追わずとも、ただただ走る事だけで、快感を感じるようになりました。
「ランナーズハイ」として知られるこの現象は、脳内の「快感」関連領域で、内因性カンナビノイドが作用する事で起こります。
カンナビノイドは、1964年にイスラエルの化学者ラファエル・ミシューラム博士らによって発見された、薬用植物アサに含まれる生理活性物質で、現在では世界各国で医療用として使用されています。
日本では終戦後の占領下1948年に制定された大麻取締法によって、アサの栽培自体が制限されてしまったため、植物由来のカンナビノイドは使用することができなくなりました。
しかしヒトの体内には、もともと身体恒常性の維持調節機能を受け持つECS(エンド・カンナビノイド・システム)が存在しており、内因性カンナビノイドは免疫調整や運動機能、神経伝達、認知、感情、記憶などのあらゆる面で、健康状態を維持するために働いているのです。

ランナーズハイの状態には、脳内にα波やβエンドルフィンが増加して気分が良くなるだけでなく、脳の認知機能を活性化させ、身体機能の老化を防止する、アンチエイジング効果もあります。
また疲れ知らずにからだを動かし続けることで、下半身の筋肉を維持発達させ、骨密度を高め、全身の血行を促進させることにもなります。
走ることでからだを作り上げてきたヒトという動物にとって、究極の健康維持法は当然のことながら走り続けることなのです。

しかし数千年前、文明という甘い蜜を手にした人類は、走らずとも生きられるようになりました。
現代人の体力レベルは年々低下し続けており、今では逆にからだに負荷がかかりすぎるため「走るのは健康に良くない」ことだとまで言われています。
確かに「より速く」「より長く」「人と競って」走るとなると、からだに過度の負担をかけてしまい、怪我や不調の原因となります。
世界的ベストセラー「奇跡のランニング The Complete Book of Running」の著者で「ジョギングの神様」と称されていたジム・フィックスは、実際にジョギング中の心臓発作で倒れ、そのまま死亡しています。

日頃走る習慣のない人が、いきなり走り出すのは危険なことです。
前回紹介したトロッティングは、ウオーキングのスピードを少し早める「速歩」でしたが、それよりも更にゆっくり走る「遅走=スロージョギング」という走り方もあります。
まずはそこからスタートするのが、今の時代には賢明な走り方なのではないでしょうか。

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