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ロジックとイメージとの素敵な関係

人生にはいくつかトラップが仕組まれている。僕の場合は正負の数。中学数学の一番最初の単元だ。なぜかわからないけれど、当時の僕はこれを理解することができなかった。

多分、小学一年生のときの出来事が原因だと思う。当時の担任に「3引く7は?」と聞かれた僕は「ー4です」と答えたのだが、「それは間違いです、引けません」と言われたのだ。

僕は電卓で遊んでいたとき答えに「ー」の記号がつくときがあることに気づき、世の中にはゼロよりも小さい数字があることを祖父に教えてもらっていた。だから自信満々で答えたのだ。ところがこの仕打ちである。

きっとその瞬間、僕の中から負の数字という概念が取っ払われてしまったのだと思う。だから授業でいくら計算方法を習っても、どれだけ理屈を頭に叩き込んでも、負の数字が存在する世界をイメージすることはできなかった。どうにか理解できたとき、僕は中学三年生になっていた。何とも恐ろしい話だ…。

このエピソードが示すように、多くのケースにおいて、イメージできるかどうかというのは物事を理解する上で非常に重要だと思う。
「例えばさぁ…」というのもそうで、相手にイメージさせることで理解を促しているわけだ。

一方で、イメージできることが必ずしも高度な理解をもたらしているとも限らない。
鉛筆、ポールペン、万年筆、筆、シャープペンシル。これらは「書くもの」とまとめられるが、これは具体的な物を一般的な概念に押し上げる抽象化という作業で、思考レベルとしては一段高い。
つまり、腹落ちするような理解を求めるにはイメージが必要だけれども、より本質的な理解を求めるにはイメージに頼ってはいけないのだ。何とも難しい…。

前置きが長くなってしまったが、ここからが本題。
僕は抽象化スキルを磨くためにも具体化スキルをしっかりと身につけるべきだと考えているが、小学四年生になる息子の勉強を見て、改めてそれを感じることがあった。題材は割り算の筆算である。

これから取り扱う解法は以前からネットでも散見されるものだが、うちの息子向けにアレンジしているところもあるので、繰り返しになるのを承知であえて載せることにする。

まず一般的な割り算の筆算のやり方。
とりあえず74を4で割ってみる。

懐かしい…。
さて、うちの息子はこれがどうも苦手だ。
どうしてかと聞くと、「そもそも74を4で割るのに、どうして最初に7を4で割らないといけないのか理解できない」とのこと。

「うるせぇよ、理屈なんてどうでもいいんだよ。男のくせに面倒クセェ奴だなぁ。黙ってゴリゴリ解いていけよ!」と言ってしまってもいいのだが、息子の持つ疑問もよくわかる。

「どうして74を4で割るのに7を4で割るのだろうか?」
というか、僕からすればこう考える時点で間違っている。
実際はどういうことが起こっているかというと…。

こうだ、息子よ。

「十の位に1を立てる」と考えるから頭がこんがらがる。最初から「10を商として立てる」と考えた方がずっと素直だ。その後は一般的なやり方と同じ。ただし一の位は埋まっているので、しょうがないので上に「8」を書いて、最後に足し合わせて「18」を求めるのだ。

割り算の筆算の悪い点として、計算中に自分が何をしているのかイメージしにくいことが挙げられる。これが割り算の苦手な子供たちを毎年量産することに繋がっているのではないかと思う。

だから一の位にワザと0をつけて、やっていることをイメージしやすくしてあげたのだが、うちの息子には効果てきめんだったようで、このやり方を覚えてからは正答率がほぼ100%になった。
半分遊びのつもりだったのだが、まさかここまで効果があるとは思わず、逆にこっちが驚いた。

もう少し続けると、このやり方は学ぶ上での自由度についても教えてくれると思っている。
一般的な解き方の場合、一の位の商には「8」しか立てられない。もし「7」を立ててしまったらまだ割れるので、「しまった、間違えた」と消しゴムの出番となる。けれどもこのやり方だと、「あ、まだ割れたのか。まぁいいや」と続けることができる。

また、最初に「10」を商として立てているわけだが、別にこれは「9」でも「6」でも構わない。ここで知りたいのは「74という数字を4でひたすら分けていったら何個の塊ができるか」なのだから、極端なことを言えば、18という数字にたどり着けるのなら、2を9回立てたっていいのだ。

もちろん少ない回数で答えを求められる方が好ましいし、それを突き詰めていけば一般的な筆算のやり方に行き着くのだろう。けれども早く解く訓練は後でもできるのだから、まずは本人が面白いと思ってくれること優先させてもいいんじゃないかと思う。

不思議なもので、この年になるとあれだけ嫌いだった勉強が面白いと感じるようになってくる。受験が嫌いなだけで、勉学が嫌いな人はこの世にはいないのかもしれない。

ああ、もっとちゃんと勉強すればよかったなぁ。

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