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「街とその不確かな壁」を読んで(2024.02.05)

村上春樹の「街とその不確かな壁」を読んだ。やっとこさ。

私は村上春樹の本は9割くらいは読んでいる。小説に関しては多分全部。今でこそ違うけど、ずっと以前は立派なハルキストと言っても良いくらいだった。

でもいつからか、世間の多くの声にあるように、いささか表現に時代錯誤な部分があったり、主人公が毎回いとも簡単に、且つスマートに性行為を行うところ等、どうにも私の感覚と乖離していると強く感じて物語の中に入り込むことができなくなっていた。

今作は1980年代に書かれ書籍化されなかった同名作を見直し、書き換えたものだが、その点において「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と双子のような作品として位置づける事が出来る。

「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」はずっと昔に友達から勧められて読んだ始めての村上春樹作品で、「なんか変わった小説だなぁ」というのが正直な感想だったが、壁に囲まれた世界の描写が夢の中でいつも感じる感覚によく似ていて、それだけがすごく好きだった。

しかしこの「世界の終わり〜」を皮切りとして村上作品を読み進めるうちに、そのあまりにも的確な比喩表現の腑に落ちる感覚が心地よく、そしてそれが曖昧で実体のない物語世界にリアルな手触りを与えているようで、ただその世界を透明で主体性のない主人公と彷徨っているだけで気持ち良くなってしまった。それは夢の中で微睡まどろむ時の、身体が温い水の中に横たわっているような、あの感覚に似ていた。物語の筋などはどうでも良かった。

今作は、私にとってはまさに村上春樹の面目躍如的な作品であり、しかも、あまりネタバレはしたくないが、いつものあの憎たらしいようなスカした性描写がなかった。むしろ主人公はプラトニックなまでに真っ直ぐで、一途であった。あまりに一途なので少し気の毒だったくらいだ。

しかし、が故に、主人公に感情移入することが可能であり、またあの夢のような心地よい世界を揺蕩たゆたうことが出来た。殆ど丸二日かけて一気に読んでしまったが、それはとても幸せな時間だった。私にとっての村上春樹とはまさにかくあるべしという作品だった。世間的な評価がどうであれ。

今回は入院していたので一気に読む事ができて良かった。またまとまって時間が取れたら、その物語世界に再び浸りに行ってみたいと思う。



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