山唄 yamauta

記憶の中の原風景、心象スケッチ。 https://www.instagram.com/yamame_no_urani

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    • 私の原風景 -嵯峨野-

      私の原風景。10年暮らした嵯峨野のものがたり

    最近の記事

    身体の記憶

    先日、新月の夕べに祝へ初めて訪れた。 ここで過ごした、いっときが、その後なんども記憶を反芻して 忘れがたい日になったのは確かだった。 感じたことを記録したいと思ったので、稚拙ながら文章を綴ることにする。 数個の蝋燭で灯されたこの場は、古い町家でこの日は風も少ない酷暑の6月だった。 町家へ入った時に感じたお香の匂いが、数年前に訪れたインドの記憶を蘇らせる。 拭っても引かない汗、暑い身体、クーラーに慣れた身体がぐったりとなったのは最初だけで、なれると不思議と妙な心地よさを感じる

      • 童話劇場「こむぎ」

        麦畑に風が通り抜けた 風の一部、または風そのもののの中に 僕は居た 青空の広がる大地に広がる麦を横目に あらゆる風景を通り過ぎ 雲と共に気ままに流れることもあれば 鳥と共に流れに沿って力強く飛び立つこともある そんな僕には形はなく、 自分はあっていないようなもの 誰かにとったら生命とも呼んでくれるかもしれないけど、 それを取り囲む空気そのもの僕は 身体がないので、いろんな現像として移り変わって 風の赴くままの流されていくのが運命 そんな僕たちを人間なんて生き物は「イブキ」

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        • 息吹

          つい昨年ごろにメモしていた、テッド・チャンの小説「息吹」の言葉の一部を再度読んでみた。 幼い頃想像したこと、をふと思い出す。 もしかして自分は地球人ではないかもしれないということ。 そしてこの地球の他に宇宙にはたくさんの生き物が存在していて、 地球よりももっと大きい生き物がこの世界にはいるのであろうということ。 狭い押し入れの中、小さな私は目を瞑り想像してみる。 地球からどんどん離れていく自分の身体。あんなに大きかった地球が遠く小さくなっていく姿。 太陽暦の遥か外へ出たら

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          • 語りべはむくち

            私の好きな場所について 何もない時も何かあった時も私はたびたび自宅近くの桂川の河原へ行った。 川と山を眺め、その辺の石ころと一緒におとなしく佇んでいる時間が好きだった。 考えているような考えていないような ポツンと一人。 草むらの影が真っ黒になり、夜の深さに飲み込まれそうになるほどの夜、 眼界の桂川の流れる音をいっぱいに聞きながら、私はその河原でよく星を眺めた。 それはもう首が痛くなるほど。自分の顔は天付きだったのではないかというほど夢中で見ていた。 ある日い

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          • 私の原風景 -嵯峨野-

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            私の原風景。10年暮らした嵯峨野のものがたり

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            • 童話劇場 「よさく」

              「よさく」 ある日、よさく というそれは美しく、孤高の黒めだかがいました。 ほかにも10匹のめだかがスイスイ泳ぎ、縄張り争いをし暮らしていました。 みんながスイスイ泳いでいる中、 よさくはいつも下の方に身体をはりつけて、地面の砂をつっついて、ごはんをさがしてました 他のメダカが飼い主さんからのごはんを上に上がってパクパク食べているときも、よさくは見向きもせず、 地面をエッサホイサ、ツンツンツン 壁をつっつき苔をムシャムシャ ひたすら自分のごはんをさがしては食べているのでした

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              • 心象スケッチ -風-

                自分もいつかこの雲のようにぶっしつになって 小さい水のつぶの一部として この星で生きていたい せまってくる雲 みんなが手を繋ぎ、溶けあったいくつものいのちの束たち 頭上を通り過ぎる雲 風も雲も一つのいのちの鼓動として ぶっしつがぶっしつとして、真っ正面からぶつかってくる 容赦はない 嘘がなく情がない わたしの祈りが山へとつのる yamautau

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                • 穴と暗闇と母との関係について

                  これからお話することは 「一瞬」の夢から始まった、 穴と暗闇と母との関係についてのお話。 数年前、おそらく真冬のある日 いつかの深夜バス 浅い眠りの中で、果てしなく深い暗闇の穴に落ちる 「一瞬」の夢を見た。 私は引力に吸い込まれるように 足元にある、先の見えない大きな暗闇の穴に吸い込まれそうになっていた。 ブラックホールのような深い空間に包まれ、私の非力な抵抗も虚しく 私の身体は半分、吸い込まれ連れて行かれそうになっていた。 その瞬間、最期、穴に落ちるとき、 ある言葉を

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                  • 心象スケッチ -鳥の声-

                    ベランダへ出ると、山の輪郭がゆれていた 風と、川の流れる水の音 確かな密度をもって 束となって私の耳に届くとき その鼓動がまるで 私の中に流れる血液と、 私に住む魂たちが共鳴しているような 目の前のこの世界そのものが 身体を駆け巡ってる感覚に陥る 明け方の空は浮世絵のグラデーションのよう だってそれは本物の空を見て作ったのだから たった1つだけ見える星がだんだん空高くあがり 青の空へ呑み込まれていく たまに外から聞こえてくる 名前も知らない鳥の鳴き声で この世界を初

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                    • 心象スケッチ 星巡りの旅 -断片-

                      これは私の勝手気まま空想です 私たち生き物は、言葉と声と姿をかえ、 魂の器を入れ替えながら さまざまな惑星の星巡りをしております 水の美しい林道の苔むしと 雨のやまない島々と 大地の鼓動がすべてを灰にし、燃え上がるいのちと 荒れ地に芽吹く、草木の子どもたち そしてそこを駆け抜ける四足歩行の何者かであったり 土にひっそりと息を潜める虫たち もしくは無重力の暗闇で 美しく光る塵の一部かもしれない めいめい生命はどんな形であれ、 何かしらの器に入りつつ、 声や肉体がなけれ

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                      • 回想 清滝トンネルについて

                        清滝トンネルについて わたしにとって特別で惹きつけられる存在の一つに 京都府道137号線にある 清滝トンネルという古いトンネルがある。 昭和初期1929年に愛宕山鉄道の鉄道線として開通。 廃線跡をそのまま車道に転用した歴史があるため、 一車線のみのバス一台がギリギリ入る狭い狭いトンネル。 3年前、2018年。 初めて愛宕山へ行くためにここを通った。 京都の心霊スポットであるため、通る前はビビって 仕方なくどうしても通りたくなかった。 それでも通らなければならないのは、

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                        • 私の原風景 嵯峨野という場所

                          10年住み続けた京都市右京区嵯峨野の地へ 1年ぶりに散策へでかけた。 何度も歩いた嵯峨野の田園風景、 たまに鯉が売ってる広沢池、 北嵯峨の八百屋や、無人野菜売り場、 農家さんの働く姿 愛宕山の参道へ通じるすこし湿っぽい道。 「帰ってきた。」 風景のすべてが美しく、 冷たい寒波の風にさえやさしい息を感じた。 愛宕山の雪化粧も相まって、 目に見えない光が心に満ちて その美しさで胸がいっぱいになった。 土地の空気を、身体でピリピリと感じると、 やっと息が出来たような、 そんな

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