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童話劇場「こむぎ」

麦畑に風が通り抜けた
風の一部、または風そのもののの中に
僕は居た

青空の広がる大地に広がる麦を横目に
あらゆる風景を通り過ぎ
雲と共に気ままに流れることもあれば
鳥と共に流れに沿って力強く飛び立つこともある


そんな僕には形はなく、
自分はあっていないようなもの
誰かにとったら生命とも呼んでくれるかもしれないけど、
それを取り囲む空気そのもの僕は
身体がないので、いろんな現像として移り変わって
風の赴くままの流されていくのが運命
そんな僕たちを人間なんて生き物は「イブキ」と呼んで
カミサマというものに仕立て上げたものだから
僕は流れるままに、
容赦無く人間に危ない目を合わせてしまうこともあるので
人間からカミサマと呼ばれることに、とても不思議な心地でいた

今日は僕たちの故郷のイブキの山で
満月のお祭りがあるので夜を待つ間、
山頂をビュンビュン駆けっこしていた

飽きてぷかぷか浮いていると
山頂に向かうとある人に意識が向いた

重い足取りに、大きなリュック
空に浮かべないその身体はどんなに不便なのだろうか
その人はふらふらになりながら山の山頂に向かっていて何か必死の形相をしている

その人が汗を垂らし、やがて蒸発して
僕の仲間(一部)になった
「初めましてこんにちは」
新米は挨拶したのでいつものように飲み込んだ
その直前、不意に懐かしいようなあたたかいものを感じたので
僕はますますその人が気になった

たまたまその人の近くまで
風のみんなが束になって流れていくので
僕はラッキーと思いながら流れに沿って
その人との距離をぐんぐん縮めた


ちょうど山頂に着いたその人は、いろんな僕たちに通り抜けられていて
ポカーンと僕たちを見ていた

そしてその人はいった
「自分もいつかこの雲のようにぶっしつになって
水蒸気のなみの一部として
この星で生きていたい

せまってくる雲
みんな手を繋ぎ、溶けあったいくつものいのちの束たち
ただ通り過ぎるだけ
ぶっしつがぶっしつとして、真っ正面からぶつかってくる」


正式には、声に出さずに思っていただけかもしれないが
僕はその声を確かに聞いた

僕は身体というものがないけれど、
その人はそれに対して憧れみたいなものを抱いているのかもしれない
そう感じると僕はなんだかたまらなくなった
思わずその人をめがけて、一人で大突進していた

なぜそうしたのかわからない
思わずだなんて、僕らしくもないが
風に意志があるだなんてことも信じられない

気づいたら、僕は僕自身が居なくなっていて
その人は、僕がぶつかった衝撃で
お尻をぺたんと地べたにつけていた

我に返ったその人は、空を見上げまたポカンとした
「来てよかったな」と言い残し、山を降りて帰っていった。
満月の日だった

その人はその数週間後、子どもを身籠った
旦那と家族と友人と喜びで満ちていた

つわりで食べ物がほとんどたべられなくなったその人は
なぜかパン、うどん、ラーメン、など小麦で作られた料理だったら
なんでも食べられた
毎日食べたいくらい、小麦を欲していた

「この子は小麦が好きなのね」
「こむぎちゃんと名付けよう」

こむぎちゃんと名付けられたその子はすくすく大きくなり、
たまにお腹の中でもこもこと羽ばたくように揺れてその人を笑顔にしたのでした

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