蜘蛛の糸の蜘蛛【掌編小説】
いかにも私は天上に暮らす蜘蛛である。
悟った人・仏陀の遣いであり、あの方が望むならばどんな役目でも果たしたいと思っておる。しかし――。
いくら蜘蛛とて、無限に糸を吐ける訳ではない。
糸を吐く行為自体、それなりに負担がかかるのだ。
「地獄の底に糸を垂らし、大の男ひとりを引っ張り上げろ」とは、何という無理難題!
……とはいえ、否と言えるはずもなく。
僅かな猶予を使い、氣を集める。
雲の上で不死の山の煙を浴び、蓮の花の蜜を啜り、極上の糸を吐けるよう己を整えた。
嗚呼、いよいよ糸を吐き始める。
長く、長く、長く……。
あのカンダタという男にここまでする価値があるのか? 私にはそうは思えぬが。
ようやっと、届いたか。まったく、とんだ重労働だ、さっさと上がりきってしまえ。
……む。急にずしりと糸が重さを増した。
何と、他の罪人まで登ってきておるではないか!
カンダタも気付き、連中を追っ払おうとしている。
そうだ、私はお前ひとり分しか保たない。この身を切る努力を無駄にせんでくれ――。
ぷつん。
「――誰も彼も、己ばかり」
悲しげな顔で仏陀が糸を切った時、私はすんでのところでその指先に噛みつくところだったのだ。
蜘蛛の糸の蜘蛛
【こうなることは至極当然。】
【予見できぬは頂点に立つもののみだろうて!】
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