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アニメ「天気の子」を見る 水没した東京都
「天気の子」の、アマゾンプライムとNetflixで配信が始まりました。「すずめの戸締まり」の公開のプロモーションの一環だと思います。「天気の子」を見たので感想を書いておきたいと思います。
「天気の子」は雨の東京のシーンが多いです。新海誠監督の雨の映画といえば「言の葉の庭」が思い出されます。「言の葉の庭」では新宿御苑が舞台で、梅雨の時期の新宿御苑の描写が素晴らしいです。靴職人を目指ながら将来に対する不安を持った主人公と、社会に出て国語の教師をしていたが、まよってしまった女性の物語でした。主人公の未来へと踏み出すのと、女性の再生が描かれていました。
今回の「天気の子」はボーイ・ミーツ・ガールの物語です。ターゲット層としては高校生あたりがメインターゲットなのだと思います。だから主人公とヒロインが強く結びつくことが最終的には起こります。しかし、私は別の考えで見てみたいと思います。
「天気の子」では東京は異常気象で、雨ばかりの東京です。そして、ヒロインは、祈りを捧げることで、少しだけ晴れを呼び寄せる力を持った存在として登場します。やがて終盤で自らの存在が消滅することで異常気象の終わりをもたらします。主人公がもう一度ヒロインとともに東京に帰ってくることで終わりに近づきます。
最後の方で水没した東京が大写しでできます。私達の知っている東京は本当は水没しているのかもしれません。いえいえ、東京はいまも人々で活気に満ちていると言うかもしれません。
でも、もしかしたら終末はもう起こっているのかもしれません。とっくに破滅は起こり、その後を私達は生きているのかもしれません。「天気の子」の最後の方で、水没した東京を生きている東京都民を見ると、そんな想像を私はします。
「天気の子」について書こうとしたとき、私は若いときに読んだ安部公房の短編小説「水中都市」を思い出しました。その中の一部を引用すれば、
「堤防から見たおれ達の工場の風景だ。」と間木が言った。しかしそれは水の中に沈んだ廃墟のように見えた。壁はくずれてぼろぼろになり、割れ目が海草のように全体を覆っている。その割れ目から数千という小さな手足のある魚が出入りしている。地面には鉄鋼でできた巨大な羊歯類が生いしげり、十メートル もありそうなゼンマイ(植物の)の間を都電ほどもありそうな奇妙な魚が静かに泳いでいく。その魚の眼からはぶよぶよした黒いユリの花が咲き、空には溶けかかったゼラチンのような雲が淡く光り、そこから粘ばっこそおうな光の滴がしたって、注意してみるとその雲がhいう字に見えた。
「水中都市」は昭和27年に発表されています。第二次大戦が終わったのが昭和20年ですから、戦後間もない頃に発表されたものです。東京は先の大戦によって焼け野原になり終末をむかえています。それから77年の年月が経っています。私達はその後を生きているのです。
「天気の子」が東京と終末を反復しているのは間違いありません。雨の降り続く東京も見ながら、そんな想像をしました。
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