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連載小説『縄文人のオレが弥生人のアイツに土器土器するなんて』第四回「縄文人の男を取り合うだなんて」

~前回までのお話~

祝言の後、森の中でアシリに押し倒されたタカユキは、すんでのところで夜明けが来、大きな声に救われた。

「アシリーーーーーー!!」
(えっ!? アシリ?)
 声に驚いた鳥が樹の上からバサバサと飛び立っていく。アシリはガバッと起き上がった。空が白んでいる。
「ルルだ。」
「えっ……ルル?」
 僕の声は息が上がっていて、何が何だかわからないままに「ルル」という音を発していた。
「ごめん。ルルが呼んでる。もう、朝飯の魚を捕りに行く時間だ。続きは、夜にしよう」
「えっ、つづき……?」

アシリは手早く僕を起き上がらせると、貫頭衣を被せて着せてくれた。ちょうどそこに、森から褐色の肌の背の低い、縄文人の女の子が現れた。首元に植物の蔦を紐にした、鹿の骨ののアクセサリーが揺れている。
「アシリ!」
 女の子は黒目がちで挑戦的な目で僕を見据えると、なぜか怒りのオーラを放ちながら言った。
「アンタが、大陸から来たっていう女ね。昨日はあたし、ちょっと頭に来てたから宴の席は欠席したけど。今日からよろしくね……あたしはルル。アシリの、第一婦人よ」 
 驚いて目を見開くと、アシリは、イケメンの癖にどうしようもない男のようにボリボリと頭を掻いた。さっき、好きだって言ったくせに……! 嫁がもう、いるんじゃん!
 
 もう一度僕を攻撃的な目で見ている小さな嫁を見ると、褐色の肌に小さな胸が膨らんですごく可愛いくて……。

 僕の胸は少し、痛かった。

第四回
「縄文人の男を取り合うだなんて」          

朝食の間、ルルはせっせとアシリの世話を焼き、どんぐり焼き美味しい? とか、潮汁もっと食べる? などと愛らしく振舞っていた。
 僕は、ここの食卓で一体自分が何をしていいのかわからずにボサッと座っていたのだけど。目の前に並んだ土器を眺めているうちに興奮している自分を感じた。 「縄文時代晩期の土器……! やっぱり初期の土器に見るような荒々しさが削れ、洗練されている……! やっぱりここは、青森県なんだな。前に亀ヶ岡遺跡で見た土器にそっくりだ……!」
 「ちょっと、アンタ! そういえば名前なんていうのさ?」   
ルルが言う。
 「た、タカユキです……」
 「タカユキ? 何それ、長っ! もっと短くならないの?」

 短くと言われても……何か気の利いた名前でも思い浮かべばいいのに、僕は普段下の名前で呼ばれることもないし、まず女子に声をかけられることがない。名字も「斎藤」だから、短くはならない。斎藤という名字は、短くできないものなのだ。山田が「山ちゃん」になっても、斎藤が「サイちゃん」と呼ばれることは決して起こらないのだ。
 「俺そろそろ村長会議に出てくるから、ルル。タカユキのこと、頼む」  アシリは立ち上がると、ルルはその背中に抱き着いた。
 何それ。めちゃくちゃ羨ましい……。あんな可愛い女の子に後ろから抱きつかれるなんて……そんなことが起こるのか? イケメンには。そんなあり得ない事象が普通に起こるのか? ずるい……。

 アシリはすまなそうに僕の方を見ると、何とも言えない表情を送ってきた。それが「ごめん、今晩こそ」と言っているように聞こえ、僕は背中がゾッとした。  アシリの姿がすっかり見えなくなると、ルルはキッと僕を睨み、僕の肩をガッと掴んで地面に押し倒してきた。
 「もう、むかつく! 何なのよアンタ、あたしだってねえ、去年アシリと結婚したばかりなのよっ! ずっと幼馴染でやってきたのに、なんでアンタみたいなのが急に出てくるのよ!」
 「そ、そんなあの……あのっ……近いです……!」

 小麦色の肌が、近い。
華奢で愛らしいルルの肢体を僕はまともに見られない。 夢みたいな理想の女性がこんなに近くにいて、怒ってるのに可愛いだなんて。ルルはキイキイとまるで、獣のように僕に掴みかかってきたのだけど、体格差があって逆に可愛いと思えてしまう。
 なんで僕は、男のままこの縄文時代に来れなかったんだろう……。でも男だと漁労とかあるから、僕には向いてないんだろうな。せめて見た目だけでも男子のままここへ来たかった。そして、こんな可愛い縄文人の女の子と恋をしたかった……そう思っていると、ルルは激情のまま、僕の顔を引っぱたいた。
「痛っ」
 「うううううっ。ううっ。な、泣いてもアタシ、知らないんだからね!」
 そう言ってるルルの方が泣いていた。
 あー、やっぱり一夫多妻っていっても、すんなり一夫多妻になってたわけでもないんだろうな。源氏物語でさえ女同士の確執って激しかったもんな。それに光源氏は貴族だったから女の子を屋敷ごとに配置できたし。アシリの家って多分、この竪穴式住居一つなんだろうなきっと。
こんなに狭いところで……アシリをめぐってぼくたちは暮らさなきゃいけないのか?僕はあんな男とはできれば離れて暮らしたいけど。できれば、ルルと恋をしたいんだけど……それは、叶わない願いなんだろうか。

 僕は泣いているルルの背中にそっと手を触れた。触れた瞬間、僕の心臓がぞうきんのようにギュッと絞られていくようで。今度はこっちが泣きそうになった。

つづく



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