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氏神の鐘の余韻や惜しむ春

93歳のイラストと俳句のコラボ作品です。

母は、私と妹から近くの氏神様にお参りに行った時の話を聞いてこの句を詠みました。境内の桜はほとんど散って葉桜になっていましたが、鐘撞かねつき堂でついた鐘の音色とその風景が、あまりにもマッチしていて、忘れ難い参拝になりました。その日、妹がついた鐘の音の余韻がいつまでも続き有難い気持ちが増幅されました。
いい、お参りになりました。

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