序章:コーライティング=“最強の作曲法”のススメ
“コーライティング(co-writing)”という言葉は、あまり耳馴染みが無いかもしれません。単純に日本語に訳せば、“共作”という ことになるでしょうか? でも本書は、昔から行なわれてきた音源 制作における単なる役割分担型の共同作業や流れ作業、またはジャ ムセッションを推奨するために書かれたわけではありません。新し い最先端の作曲方法として、欧米では既に一般的となっているコー ライティングというやり方を紹介していきます。
作曲家と作詞家のチームだったり、作曲家同士のコラボレーションだったり、バンドでの曲作りなどは、“複数の人で作曲する”という面から考えれば、確かに広義のコーライティングと言えるかもしれません。でも本書で取り扱うのは、作曲家やアレンジャー、作詞家などのクリエイターが共同作業を行なうことで、
1. それぞれのストロングポイント(長所)を活かし、 →参加者はオールラウンドプレイヤーである必要無し。メロディメ イクやトラックメイクなど、自分が得意な能力を提供すればOK !
2. ケミストリー (化学反応)を起こし、 →1人では到底作ることができなかった楽曲を、共同作業により生 み出すことが可能になります!
3. 効率よくクオリティの高い楽曲を作る! →苦手な分野を補い合うので、ムダな作業に時間を取られず、しか も楽曲の質は劇的にアップ! という狭義のコーライティングになります。
これは、今の時代に最適な“最強の作曲法”だと言えるでしょう。 コードとメロディだけの“曲の設計図”を作って終わり、というこ とではなく、完パケクオリティの楽曲を、楽しみながら、効率よく作っていく方法なのです。
コーライティングにおける役割シェア
“コーライティングは海外では一般的な方法”と書きましたが、 まずはこのことから解説していきましょう。
欧米のヒット曲のクレジットを見ると、たくさんの人名が並んでいることが多いのに気付くはずです。またこの数年、日本でも欧米のクリエイターが関わっている楽曲のクレジットには、たくさんの人名が並んでいますよね。これこそが、コーライティングが効果的な作曲法だということの証です。
では、そこに名前が並んでいる人たちは、実際にはどのようなこ とを行なっているのでしょうか?
通常コーライトをするといった場合、主な役割としては以下のよ うなものがあります。
トラックメイカー:主にビートを作る人のことですが、実際の作 業ではバックトラック全般を作る場合も多いです。
トップライナー:メロディメイカーとも呼ばれます。ずばり、曲 のメロディを生み出すのが使命です。
アレンジャー:トラックメイカーがDJタイプでビート専門とい う場合は、アレンジャーも必要になります。
作詞家:メロディに対して歌詞を付ける人です。デモとはいえ、 歌詞があった方が曲のイメージを伝えやすいので、仮歌詞は必要な のです。
仮歌:書籍『プロ直伝! 職業作曲家への道』でも指摘していま すが、デモのメロディがシンセメロやボカロでは、今のコンペを勝ち抜くことはとても難しいのが現状です。そこで必要になるのが、 仮歌を歌ってくれるボーカリスト。あまりクセが強くなく、どんな メロディかを聴き手に伝えることができるのが、良い仮歌です。
ディレクター:楽曲の方向性を決定し、各役割の人に適切な指示 を出せる人。コーライトした楽曲の出口までイメージできていることが大事です。
DAWを使って1人でデモを完パケられるようなオールインワン 型のクリエイターであれば、以上の役割をすべて自分でこなしてい る、という場合もあるでしょう。でも、そんな人でもコーライトをすることで、新たな可能性が開けてくるはずです。それはなぜでしょうか?
1人で完パケしないで済むメリット
先ほど述べた6つの役割は、今のデモ作りには必須のものです。 とはいえコーライティングは、必ず6人で行なうべし、というものではありません。
実際には、2~4人程度で作業を行ない、1人が複数の役割を担う場合の方が多いでしょう。あるいは、2人でトラックメイクをする など、1つの役割を複数人でシェアするケースも出てきます。
ここで重要になるのが、コーライティングの基本ルールです。
DTMが得意であれば、打ち込みを頑張りつつ、メロディにも口を出す。メロディ作りが得意であれば、オケに対して良いメロを生 むことに注力しつつ、アレンジにも意見する。
このように建設的に意見交換をしながら楽曲を作ることで、1人では到達できなかった可能性にリーチすることができるのです。
そもそも日本では、DAWの普及以降、クリエイターが1人で完 パケまで作れることが偉いとされてきました。逆に言えば、いくら 良いメロディを作れる人でも、打ち込みやミックスがヘタな場合 は、コンペを通ることは難しくなっているのです。一方で、トラックメイクには光るセンスがあっても、楽器を弾くのは苦手だし、良 いメロディが思い浮かばないというタイプの人もいます。そういった苦手分野のある人こそ、コーライティングが大きな チャンスになります。
コーライティングであれば、それぞれのクリエイターが自分の得意分野を出し合うことになるので、苦手なことを人に託すことができるのです。これにより楽曲のクオリティが格段にアップするの は、とても単純な計算で分かりますよね?
そしてこのことこそが、欧米でコーライティングが一般的な理由なのです。
日本でもコーライティングが広まる!
欧米においてはいまや、クリエイターが完成形を納品し、後はアー ティストが歌を差し替えるだけという制作方法が当たり前のように行なわれています。“気に入られたら、トラックごとお買い上げい ただく”ということで、要は、既にプロデュースされた作品が求め られているということです。
このことが意味するのは、“自分1人で完成させるのは到底ムリ” ということです。そのために、一芸に秀でた人間が集まって、コーライトをするわけですね。そのような手法で作られた楽曲がどんどん日本のマーケットに入ってきていることを考えても、それに対抗 するためには、日本のクリエイターたちもチカラを合わせていくこ とがとても大事になってくるはずです。
また、レコード会社の制作機能がどんどん縮小している日本で も、“デモとしての完成度”ではなく、“作品としての完成度”が求 められる時代は、既に始まっているとも言えます。
以前であれば、コンペに残った曲に対してレコード会社の制作サ イドでプリプロ(Pre-Production)をして最終プレゼンのために用意をしていました。また、採用した楽曲に対しても本チャン用のアレンジャーを付けてアレンジを施し、作詞家が歌詞を書き、必要で あればガイドになるような仮歌を録音してからアーティストの歌を レコーディングするというような作業ルーティンがありました。
しかし、アーティストのボーカル録音以外は全部クリエイター側 が受け持つということになれば、アレンジャーや作詞家、仮歌もメ ンバーにいるチームで作業をするほか無いでしょう。そのための方法論が、コーライティングなのです。
1人で何でもできる人にもオススメ
もちろん、何でもこなすことができるオールインワン型のクリエイターも、中にはいるでしょう。でもそんな人でも、コーライトをすることでメリットがあります。
DAWが普及してからというもの、作曲やアレンジは1人でコンピューターに向き合うこととイコールになってしまいました。横のつながりも薄くなってしまったクリエイターが、1人で黙々と、通るかどうか分からないコンペのために作業を続けている......。音楽 制作がこれほど孤独な作業になったのは、1人で突き詰められるというメリットはあるものの、不幸なことではないでしょうか。
もし1人での作業に退屈を感じているようなら、ぜひ本書で提唱 しているコーライティングを試してほしいと思います。すべての楽曲をコーライティングで作る必要はありません。自分1人で作る時 は1人で作業をすればよいし、気が向いたらコーライトしてみれば 良いのです。バンドでリハーサルスタジオに入るような感覚で、み んなとワイワイ言いながら曲を作る作業は、孤独からの解放になる はずです。
また、自分だけでは作ることができなかったテイストの作品が出来上がったり、1人だけで作っている時よりたくさん曲が生まれたり、そこにはさまざまな副産物も期待できます。
本書では、コーライティングのさまざまなタイプややり方を解説していきますが、ぜひ皆さんの創作活動にコーライティングを組み込んでほしいと思います。
ただし、最後に1つだけ注意点を。“コーライティングで曲を作 る”と決めたら、基本的には著作権(印税)は参加者で等分割だと考えてください。
詳しくは後述しますが(P044~)、どんなに楽曲制作に貢献していないように見えるメンバーがいても、等分割です。「あいつは居ただけだから、1%でいいよ」などということは、絶対に言ってはいけません。メンバーの曲への貢献度などは、誰も客観的には判定できないからです。一緒にコーライトをしたメンバーは仲間と考え、一律に等分割することにしましょう。
前置きが長くなりましたが、いよいよコーライティングの世界を 紹介していきます。欧米のコーライティング作品に負けないよう に、日本人クリエイターの皆さんもコーライティングという創作方法を身に付け、クオリティの高い楽曲をどんどん生み出していって ください!
そのためのスペシャルプレゼントとして、次のページからはLA 在住のプロデューサー Alex Geringasのインタビューをお届けしま す。ケリー・クラークソンのプロデューサーとしてグラミー賞を獲っているアレックスが、いかにコーライティングを楽しんでいるか は、きっと皆さんの参考になるはずです。現場のホットな雰囲気を、 感じ取ってもらえたらうれしいです。(インタビューはnoteには公開しませんので、書籍/電子書籍『最先端の作曲法・小ライティングの教科書』でご覧ください)
伊藤 涼
山口哲一
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2022年7月付PostScript
この本を執筆した当時に比べて、日本でもコーライトが浸透してきたように思います。K-Popに興味を持つ人が増えたことで、コーライティングの有効性が認知されている側面もあると思います。
改めて思うのは、コーライティングの前提には、音楽クリエイターのインディペンデントマインドが必要だということです。マネージャーに守られ、音楽出版社に囲われてというスタイルはもう通用しない時代です。セルフマネージメントのスピリットが当たり前の海外では、コーライティングは人脈を広げていくためにも活用されています。
「職業作曲家3.0」が次世代型クエリエイターの姿
そんなグローバルを意識した次世代型のソングライターの姿を僕は、職業作曲家3.0」と称しました。興味のある方は拙稿をご覧ください。
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