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「死にたい夜にかぎって」感想

 好きな小説の終わりが近づいてくると、ページをめくる手が牛歩と化す。
 続きが気になるから読みたいけど、終わってしまうことを考えると読みたくない。
 あともう少し、もう少しだけ続いて。
 そんなことを思いながら、「死にたい夜にかぎって」を読み終えた。
 最高に下品で最高に心温まる小説だった。

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        (著者:爪切男 発行所:扶桑社 )

 1番のお気に入りの話は「首から上は動かさない」。
 うつ病のアスカさんの断薬が始まってから一年が経った頃、爪切男さんが家に帰るとヒョウがいた。
 薬の副作用で太ってしまったアスカさんは、上下共にヒョウ柄のトレーニングウェアを身に包み踊って痩せることにした。

 ダイエットの効果はてきめんで、アスカさんの踊る頻度は日に日に増した。
 
 そんなある日、予想外のことが起きる。
 毎日踊っているのに全く上達しないアスカさんの踊りに、爪切男さんがイラつき始めたのだ。
 
 ダンスの曲やステップの音がうるさくてイラつくなら理解できるけど、踊りが上達しなくてイラついてしまったというのが面白い。
 読みながら「イラつくポイントそこ!?」とクスッと笑いながらツッコんでしまった。

 そしてアスカさんの踊りに口出す爪さん。
 「踊るのをやめて、音楽も止めろ」
 「なんで? 踊りながらでも聞けるよ」
 「人の話は踊りながら聞くもんじゃないでしょ」
 「そんなの私の勝手でしょ!」
 「わかった、じゃあ踊りながら聞いて」

  妥協する早さと、サイドステップを踏みながら爪さんの話を聞いているアスカさんを想像したら、思わず笑ってしまった。

 そこから喧嘩が始まるもアスカさんの一言で予想外の展開になる。
 「偉そうに言うならそっちも踊ってみろよ! 男なら踊れや」
 「よく見とけよ」

 こんなバチバチな雰囲気のなか踊るんかい。
 爪さんが華麗に動いている姿を想像するだけで面白い。
 
 それを見たアスカさんは「うまいじゃん」と爪さんの踊りを褒めた。
 「TRFのSAMが言ってたよ。どんなに激しく動いても首から上を全く動かさないようにするのが踊りの基本だって」と爪さんは踊りのコツを伝えた。
 アスカさんはSAMに謎の信頼を寄せていて「私もやってみようかな」とダンスの上達を目指すことに。
 それから二人はダンスパートーナーになり、セックスレスだった二人にとって、一緒に踊ることはある種のセックスの代わりとなった。

 口調は強いけど、SAMの言うことをすぐに信じて実践するアスカさんの純粋さと、爪さんのユーモアを感じることができるこの話が特に印象に残った。
 
 それに謎の理由で喧嘩をしてしまった部分にも共感をした。
 彼女と付き合って数ヶ月が経った頃、今思えば「どうしてあんなことが理由で別れそうになったんだろう」という喧嘩がいくつかある。
 付き合いたての頃は、お互い火山のように感情が噴火していたなぁと読んでいて懐かしい気持ちにもなった。
 
 
 「死にたい夜にかぎって」を読める。
 そう考えただけで夜が待ち遠しくなった数日だった。

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読んでいただきありがとうございました。