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まあちゃんとミニー ー待っていた猫ー

「忠犬ハチ」に代表されるように、犬のもつ忠誠心はよく知られているが、猫はどうなんだろう?本当に猫はわがままで自分勝手な生き物なんだろうか?私は疑問に思っている。なぜならミニーという猫がいたから。これはミニーという猫とまあちゃんという女の子の物語である。

少し長めでほぼ3000字あります。お時間の許す時にどうぞ♪


            ここから本編


               1

みぃー み・みぃー、


弱々しい鳴き声と共に、土手の上からなにやらグレイの毛むくじゃらが転がり落ちてきた。


幼稚園の帰り道、散歩している私と子どものちょうど目の前に。


なぜかピンポイントで。


子猫だった。


目やにで覆われた目は半開き、グシャグシャで泥んこのアメショーミックス。


まだ生まれて間もない小さな猫で、お世辞にも可愛いとは言いがたい。


5歳児は言った。


「か・かわいい〜!!」


「この子、お家へ連れて帰ろうよ?」

「う・うーん・・。」


「まあちゃんがちゃんとお世話をするから」


「ね、いいでしょ?」


「う・うん・・・。」


キラキラ輝く瞳で見上げる5歳児
に勝てる親はそうはいない。


そもそも戦いですらない。


子猫
が登場した時点で既に負け戦になることは確定していたのだ。


ドラクエ
の最強モンスターしんりゅうにHP1で立ち向かう勇者のようなものである。


いずれにせよ、このまま放置するという選択肢は無い。
「とにかく獣医さんへ連れて行こうか?」と私。


死にそうな猫と泣きそうな子どもを乗せて車を走らせたその日から、子猫は我が家で暮らすようになった。


子どもはその猫に「ミニー」と名前をつけた。


「ミッキーのガールフレンドのミニー?」


「てか、ネズミの名前?」


「うん!ミニーは、将来ミッキーに出会って優しいお嫁さんになるんだよね?」


「にゃにゃ」


その猫ミニーは、腎臓疾患があり獣医さんの常連だった。ただ、人間もそうだが、弱いということはイコール優しいということでもあり、ミニーもまたすこぶるつきで気立ての優しい猫だった。


子どもに付き合っておママゴトもすれば散歩もする。乳母のような妹のような友達のようでもある猫、それがミニーだった。


ミニーに出会ったのが幼稚園の年中さん、それから小1、小2、小3と、子どもはぐんぐん大きくなっていったが、ミニーは虚弱体質のせいかあまり大きくならなかった。


が、そうは言っても子猫だからよく遊ぶ。


色々なものを追いかける。


子どものクマさんバッグを傷だらけにする。


「ねえ、ミニー、こっちのボールと交換してくれる?」


ミニーはクマさん(バッグ)を威嚇している。


「イヤなの?」


ミニーはクマさんと格闘するのに忙しい。


「そう?だめ?」


今度は持ち手に噛み付いた。


「ふぅ」


小さくため息をつき子どもは言った。


「じゃあ、そのバッグ、ミニーに貸してあげるね?」


「にゃにゃ」

子どもは、ミニーがノートをしわくちゃにしても、大切なパッチン止めで遊んでも決っして怒らなかった。


大人びた口調で静かに言い聞かせるか譲るかのどちらか。

一人っ子だから、お姉さんになったような気分だったのかもしれない。


そんなふうに、1人と1匹はいつも一緒に起きて遊び戯れそして眠った。


               2

坂道の上に見晴らしのいい石舞台のように大きな岩があり、ミニーはとりわけその場所が好きだった。


ポカポカと陽の当たるとびっきりの特等席でもあったろう。


ミニーは、毎日その石舞台の上で、学校から帰ってくる子どもを待っていた。


そして、子どもの姿が見えるやいなや、坂道を転がり落ちるように駆け寄ってくる。その姿からは「会いたい気持ち」が溢れ出していた。


「きみは忠犬ハチ公か?」と私。


「違うもんねー、ミニーは猫だもんねー」


「にゃあ」


「あらまあ、気の合うこと。」


「うん!」


「にゃあ!」


こんな風に一人と一匹は息の合う仲良しコンビだった。


だが


北風が吹き木の葉が舞い散る11月のある日、ミニーは忽然と姿を消した。


また獣医さんに連れて行かなくては、と思っていた矢先の出来事だった。


「ミニーが帰ってこないのよ。」


「え?」


フリーズする子ども。


そして、大粒の涙。


それからミニーを探す日々が始まった。


フライヤーを配布し、何度も名前を呼びながら近所を歩いた。


「猫、見かけませんでしたか?」


縁の下や物置、猫の好きそうな場所を片っ端から当たった。


草が生い茂っていて近づけない場所も沢山あったのだけれど。


石舞台のある坂道を何度も登ったり下ったりもした。


が、ミニーは見つからない。


「ミニーどうしてるかな?」


ベッドの中で子どもは言った。


「ミニーはミッキーと会えたのかな?


それで結婚したのかな?


だから帰ってこないのかな?」


「そうかもしれないね。」


「ミニーは幸せかな?」


「そうだといいね。」


「でも、迷子になってお家に帰れないのかもしれないよ?」


「そしたら、犬のお巡りさんが助けてくれるんじゃない?」


「う、うーん・・・。」

こんな会話が夜ごと繰り返され、落ち葉で赤く染まった道は、少しづつ白で塗りつぶされていった。


雪が降る度に白い場所が増えていく。


さすがにこれではもう見つからないと思ったのだろう。


子どもはさんざん泣いて、とうとう諦めた。


それでも時々


「ミニー、どうしてるかな?」


ポツリと言った。


ミニーが好きだったクマさんバッグやパッチン止めを眺めては。


               3

雪は更に降り積もり、もう見渡すかぎりどこまでも真っ白だ。


そんな冬休みのある日、子どもはそり遊びをしたいと言い出した。


ミニーの好きだった石舞台のある坂道がちょうどよかろうと、子どもとふたり赤いソリを引いて坂を登っていく。


「ミニー、ここが好きだったよね?」


「うん、そうだね。」


なんとなく石舞台の周りを回って


ふと足元に目をやると


凍った水溜りがあった。


水溜りは


蒼く


透き通っていて


その


氷の中に


ミニーがいた。


大きな岩の下


透明な氷の中で


ミニーは


眠っていたのだった。


ガラス細工の猫みたいに・・・。


ミニー!


ミニー!


泣きながら名前を呼ぶ子ども。


「寒いね?」


「冷たいね?」


「今、出してあげるからね?」


ノミで氷を叩き割り


お湯をかけ


ふたりともボロボロ泣きながら


ミニーをそぉ〜っと取りあげる。


氷漬けになっていたせいだろう、ミニーはほとんど無臭で、どう見てもさっき眠ったみたいに綺麗な顔をしていた。

もう3ヶ月も経っているのに・・・。

「きっと待っていたんだよね?まあちゃんのこと。」


「うん」


「とても会いたかったんだよね?」


「うん」


「ミニー、お家へ帰ろうね。」


毛布にくるんだ冷たい亡骸を抱きしめて、子どもはゆっくりと歩みを進める。


ミニーに語りかけながら


「ごめんね、ミニー。」


「前に探した時、見つけてあげられなくて。」


「寒かったよね?」


『寂しかったよね?」


「ごめんね。」


「ごめんね。」


そう


ミニーは待っていた。


いつもの石舞台で


子どもが来るのを待っていたのだ。


ちょうど仕事から帰ってきたパパは、ミニーを抱いた子どもに目をやると


黙ってツルハシを手に取り、穴を掘り始めた。


カン、カン、カン


ツルハシを振るう音が森にこだまする


カン、カン、カン


お弔いの鐘が鳴り響くかのように


カン、カン、カン


子どもはミニーを抱きしめる


ようやくできた穴に毛布で包んだミニーを寝かせ、


シャリシャリする土塊をかけていく


最後に木の枝で作った十字架を立てると


子どもは

幼稚園でしていたように


小さな手を合わせ


こう言った


神さま


どうぞミニーを


あなたのお庭で遊ばせてやってください。


そして


またいつか


生まれてきますように


と。




後記


とにかく

そんな出来事があった。

もう20年以上も前

雪が花びらのように舞い落ちる日に。



ミニーは、庭で一番大きな春楡の木の下で静かに眠っている。

あんなに泣いていた子どもは、大学院で「サスティナブル金融」を学んでいる。

そして

わたしはこのnoteを書いている。

「待っていた猫」がいた事を

あなたに伝えたくて。






こちらはKAさんによる異なるバージョンのお話です。






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