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伝達による情報の変容

2024/07/23のいんすぴゼミで、情報のお話が出ていたのです。
いんすぴゼミは、脳科学者である毛内拡先生が本を読みながら様々なお話をされる企画で、現在は、”天才科学者はこう考える"と云う本を読んでいます。
先日の章は非常に興味深かったのですね。

色々興味深い章があったのですが、ここで取り上げるのは「情報はただ伝達するだけで必ず歪む」というお話。ジャロン・ラニアーというコンピューターサイエンティストが書かれています。
伝言ゲームを例示してお話を展開されているのですね。
他の人に聞こえないよう、小声で人から人へとある言葉が伝えられていくゲームです。最後になった人は、自分の聞いた言葉を発表するのですが、その言葉はだいたい最初とは似ても似つかない奇妙なものになっていて、それを楽しむゲームですね。(^^)
人の認知は余り当てにならないという事を知っておくことと共に、情報は伝達途上で徐々に改変され、原形をとどめないものになることを念頭に置いておくことが大切だと書いてあります。

これって、研究のプレスリリースであるとか、発表された論文を読んだ際にも起こりうる、と云うか必ず起きてしまうことなんだと思うのですね。読む人の経験や関心の向き方などで,読んだ時点でその人のバイアスが入ることになります。その個人的なバイアスによって少し歪んだ情報から新しい論理を組み立てていくことになります。
それが悪いという事ではなくて、それが自然なのですね。
ですから、最終的にその人が誰かに伝えようとすることと云うのは、最初の論文とは変化した科学的根拠に寄っていることになりますよね。その人がそれを根拠になにかしらの論文を書いたとします。それを読んだ人は、またその人のバイアスでなにかしらのひずみをつくっていくことになるのです。
EBMのメタアナリシスとかは、こういった歪みが必ず影響していると考えても良いと私は思うのですね。

そうしたことを考えると、研究論文に接した場合、その元となる参照されたり引用された論文を読むことが大切であるという事になります。
私の時代では、「孫引き」と言ったりしてました。論文の最後に書いてある引用文献や参考文献を調べていくのですね。これが結構大変な作業なのです。
この作業をして様々な疑問が解決できた時に、論文をやっと読み切ったという事になります。全ての論文に対してそういった対応すべきでしょうけれど、まぁ、人ですから限界はありますよね。
ただ、ひとつであっても追求して調べるという事は勉強になると思うのです。
どの様に研究の解釈が歪んでいくのかを知っておくことは、どの論文に接する際も、どういった科学的な根拠と云われるものに触れる場合にも、それに疑問を持つことが出来るという意味では非常に有用な行為だと思うのですね。

この章を読んでいた時だと思うのですが、視聴者からのコメントで、「人の集中力は金魚にも劣る」というお話があったことが指摘されていました。たぶん、それを指摘した人は、これが科学的根拠が希薄であったという事をご存じだったんでしょうね。歪んだ情報であったというわけです。
私は、どの様に人の集中力というものを計ったのか、また、金魚の集中力をどの様に測ったのかということに強く興味を引かれたのです。たぶん実験そのものになにかしらの無理があったのか、結果の解釈に無理があったのでは無いかと思ったのですね。(イジワルデスネ)
で、調べようとしたら、ソースがなかなか見つからなかったのです。
しばらく調べていて、同じような疑問を持たれた方のサイトを見つけました。
結論的に云うと、大元の研究者をさがしだして電話で確認したら、「私はそんなことは云ってない」とのお話だったそうです。
そのサイトはこちら。(画像にもリンクが張ってあります)


人間の集中力は金魚より短い

https://takahashimisa.jp/goldfish-attention-span-fallacy/

このサイトに後日談としてさらに調べた結果が記載してあります。そこも是非クリックして読んでみてくださいね。

これだから世の中は面白くて気が抜けない・・・(*^_^*)


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