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他人の御子をみて、我が振り直せ

20年来の友達の子供に会ってきた

小学3年生に出会ってから、人生の節々を共にしてきた地元の友達に赤ちゃんが産まれた。
同じく地元のメンバーで赤ちゃんに会いに行くことになった。
ほわほわのかわいい赤ちゃんに会えると楽しみに、友達の家に自転車を走らせた。

ところで私は結婚願望がない

昔はあった。はず。てゆうか、自然に勝手にするもんだと思ってた。
結婚できるタイミングもあったっちゃあった。
でも、それを選択しなかったままで、ラスト20代まできてしまったし、そういう男女の関わりがめんどくさいから結婚願望はどこか遠くへ消えてしまった。
いつからだろうか、占いの「恋愛」の欄を見なくなったのは。
でも子供は大好き。他人の子供のおばさん活動に最近は忙しい。
そうやって、いつも通り、子供と遊んで
「子供はいいなあ~」「聖母マリアみたいに、急に産まれたら最高だよなあ」と思って帰ってくる…はずだった

まず、新生児超かわいい

反射とわかっていても愛おしい。爪…

新生児のほわほわ、なめたらあかん…
なんだろう、適当に扱ってはいけないような、自虐的な笑いなどを前にしてはいけないような神聖な感じ。
きっと神聖すぎるから赤ちゃんは「天使」って言われるんだろうな。
納得した。
自分と同じ種のはずなのに「穢れ」がない。
おならをしようが、便をしようが、吐こうが汚くない。
前日にたらふく飲んで、二日酔い状態で赤ちゃんに会っている自分を恥じた。
このままどうか神聖にまっすぐ生きてほしいと強く強く、自分の子ではないが思ってしまった。

御子にミルクを飲ませる、二日酔いおばさん(お目汚し、御免)

二日酔いおばさんの私は、この子のために、わたし頑張って働く。日本動かす。と説得力のない弱弱しい誓いをたてたのであった。

ところで赤ちゃんは、友達の旦那さんにそっくりであった。
「パパ似だね」とか「ママ似だね」とかよくわかってなかったし、
どうでもいいだろ!と失礼なことを思っていたが、気づいたら口にせずにはいられない。
「パパ似だね」と口走った自分がいた。
そんなパパが帰宅して、夫婦のやり取りを見たときに衝撃をうけた。

はあ?!家族、めっちゃ、ええやん

心のなかのキュウが叫んだ。

子を抱く父、子の今までの様子を話す母…
尊い…なにこの家族…推せる…
「あ、家族ってこういうことなんだ」と理解した。
よくわからないけど、激しい説得力を帯びていた。
「うわあああああ!」と、世紀の発見と、尊さと、
何も持っていない自分に対して自分の脳汁がダラダラ出ているのがわかった。
友達に「お前…いい旦那みつけたな、赤ちゃんもかわいい、大事にしろよ」
と、お前は誰目線の誰なんだ…という20年来の友達も大困惑の言葉を残して
実家にまた自転車を走らせる29歳の初夏。(迷惑)

あ、自分このままじゃダメかも

モザイクにしてもわかる、これ、ヤバイやつや~ん!

そんな感じで帰路について、真っ先に目に飛び込んだ自分の部屋。
汚すぎだろう…
誰も育てることも出来ないし、人はおろか動物、植物さえも育つことの出来なそうな、足の踏み場がない部屋。
自分の城だと思ってたけど、他人をまずは許すようなスペースがないのだから、誰も踏み込んでこれない。
部屋の乱れは心の乱れ…今まで鼻で笑ってたけど、今は誰が言い出したんだろう。納得感しかない。

まずはカーテンをあけて。

少しモノの整理をした。
自分のことだけしか考えずに買った大量の服や雑貨。
赤ちゃんがくれたものは絶大だった。
偉大だな、さてはマジの天使か?
「素直さ」「家族」…を超えた何だろうか、「ちゃんと」さ。
まだ結婚をするとかどうかとか、正直わからないけど、
マイナス以外の部分を教えてもらった。
マジで、知らんけど家族の健全さが知りたい人は、私の友達の家を訪ねたほうがいい。マジで。
そうやって、いろいろを得たので「ちゃんと」まずは自分のやるべきことをやろうと思いました(急に敬語)

そんなわけで

いろんなことを言い訳にnote書いてなかったけど、細く長くやっていこうと思います。よろしくお願いします!

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