見出し画像

【序章・第5夜】Who am I?

薬剤師のしくじりに学ぼう

今日はまず薬剤師のしくじり症例から

認知症患者の夜間不穏が続いており、処方が変更になったときの記録である。

6月25日
【処方】リスパダール錠0.5mg 1錠
1日1回寝る前 28日分
(マイスリー錠10㎎より変更)

【記録】
♯薬の変更に伴い、必要な注意点を確認する
S:夜中になかなか眠れず、良く興奮して騒いでいる
O:マイスリー⇒リスパダールへ処方変更
A:興奮は薬が変更になることで落ち着くかもしれないが、睡眠はとりにくくなるかもしれない。また錐体外路症状の発現にも要注意
P:今回処方された薬は睡眠を助けるのではなく、興奮を抑える薬です。
興奮して眠れない、ということでしたら効果はあるかもしれませんが、
少し睡眠自体はとりにくくなるかもしれません。
朝できるだけ決まった時間に起きて、できるだけ午前中日光を浴びるようにしましょう。また、薬の影響で体の動きに自由が効かなくなることがあるので、転倒や食事中のむせには注意をして見守りをおこなってください。

※注)❶マイスリー⇒寝つきを良くするタイプの睡眠薬。服用してから効果のピークまでが1時間しないうちに現れる。効果が早く出る分、切れるのも早いのだが、肝臓の悪い高齢者だと効果がなかなか切れにくい。効果のピー九時間にスコーンと眠れれば良いのだが、そうでないと睡眠不足と効果を持ち越すことの掛け算で転倒など招きやすい。
❷リスパダール錠⇒元々は統合失調症の薬だが、認知症の精神不穏にも応用される。錐体外路症状という、動きがこわばったり、不随意に震えが生じたりするリスクが高い。特に認知症の薬と併用する時には注意が必要

ちなみに薬剤師が患者指導を行う時のPlanは、患者に話をした内容そのままになることが多い。患者にお話をすることが医療行為なので。

で、この指導を行った1週間後に、こんな処方を家族が持ってきたとしよう。

6月25日
【処方】マイスリー錠10mg 1錠
1日1回寝る前 28日分

患者家族に聞いてみると、こんな話を始めた。

家族談:いや、あの薬はダメ。もう大変でしたよ。薬を飲んで体が思うようにうごかなくなっちゃったのかな。それに口の中も勝手に動いちゃうみたい。それが本人金縛りにあったみたいに感じたらしいのね。それで、「殺される―!!」なんで真夜中に大声で騒ぐようになっちゃった。それで疑心暗鬼になったのか、ご飯にも薬を入れられているって思うようになったみたい。本人目線、それが怖いのかな。私が一口食べた物だったら食べるんだけど、創じゃないと食べようとしなくなっちゃった。この薬が原因だろうって、本人気づいたみたい。薬は飲まなくなっちゃった。前のほうが、「本人目線でもまだ良いのかな」と思って、先生にも相談して薬を元に戻してもらったんです。

ここまでの話を聞いて、「薬剤師目線でSOAPを組み立ててみよう」と話を振ると、SOAまですらすらと書き始める薬剤師が一定数いるはずだ。こんな具合に。

S:いや、あの薬はダメ。もう大変でしたよ。薬を飲んで体が思うようにうごかなくなっちゃったのかな。それに口の中も勝手に動いちゃうみたい。それが本人金縛りにあったみたいに感じたらしいのね。それで、「殺される―!!」なんで真夜中に大声で騒ぐようになっちゃった。それで疑心暗鬼になったのか、ご飯にも薬を入れられているって思うようになったみたい。本人目線、それが怖いのかな。私が一口食べた物だったら食べるんだけど、創じゃないと食べようとしなくなっちゃった。この薬が原因だろうって、本人気づいたみたい。薬は飲まなくなっちゃった。前のほうが、「本人目線でもまだ良いのかな」と思って、先生にも相談して薬を元に戻してもらったんです。
O:リスパダールから、元のマイスリーに処方が戻る
A:リスパダールの影響で錐体外路症状(振戦、ジスキネジア)が発症した。それが本人金縛りと感じたのだろう

注)ジスキネジア…錐体外路症状のひとつで、口周りに起こる不随意運動。

…薬剤師目線、非常に残念な記録である。もう少しSを要約した方が読み手にやさしいとか、そういうことではない。
ひとつの問題はSOAPの論理関係にある。


Aを考えた根拠となる事実がO情報であった

「リスパダールの影響で生じた錐体外路症状を金縛りと考えた」なぜなら「処方が変更されている」から??????

薬剤師目線、この患者が金縛りにあったと感じる理由は分かるのだ。だからといって、それを「アセスメント」とは考える訳にはいかない。

そしてもう一つ、決定的にダメな理由はある。
A:リスパダールの影響で錐体外路症状(振戦、ジスキネジア)が発症した。それが本人金縛りと感じたのだろう

とアセスメントをしたならば、どんなプランが続くのが適当だろうか?
副作用の少ない薬に代えてみる。錐体外路症状を抑える薬を追加する。

…そう、処方を再考するというプランに落ち着くはずだ。
これは医師の仕事である。
(むろん、既に処方が変更されている状態で、処方変更を考えるためのアセスメントをする時点でナンセンスではある)

自分の職能上、何をすべきなのか?何ができるのか?
これがきちんと整理されていないと、自分にできない仕事、手を出すべきではない仕事につながるアセスメントを考えてしまうのだ。

結論、薬剤師目線、この話に耳を傾けるのは悪いことではないが、仕事の本筋として、この話からアセスメントを引っ張り出す話ではないのだ。

せいぜい、話を進めてSOAPにまとめるとしたらこんな具合になるだろう。
♯不穏を悪化させないため、本人の気持ちに寄り添う気持ちが大切であることを分かってもらう
S:いや、あの薬はダメ。もう大変でしたよ。薬を飲んで体が思うようにうごかなくなっちゃったのかな。それに口の中も勝手に動いちゃうみたい。それが本人金縛りにあったみたいに感じたらしいのね。それで、「殺される―!!」なんで真夜中に大声で騒ぐようになっちゃった。それで疑心暗鬼になったのか、ご飯にも薬を入れられているって思うようになったみたい。本人目線、それが怖いのかな。私が一口食べた物だったら食べるんだけど、創じゃないと食べようとしなくなっちゃった。この薬が原因だろうって、本人気づいたみたい。薬は飲まなくなっちゃった。前のほうが、「本人にとっても前の薬の方がよかったもな」と思って、先生にも相談して薬を元に戻してもらったんです。
O:「本人は金縛りにあったように感じたみたい」「本人目線、ご飯が怖い」「本人にとっても前の薬の方がよい」など本人の視点に立った発言が、家族の言葉の端々に伺える
A:精神不穏が悪化しないよう、本人の気持ちに寄り添う姿勢を今後も継続をしてほしい
P:本人が「自分のことを分かってもらえる」と感じることが、薬以上に精神不穏を悪化させないための力になるはずです。本人どう感じているんだろう、どうすれば本人が楽なんだろう、そういう考え方は今後も継続して持ちましょう。

…薬剤師の医療、と考えると話はまだ続きがありそうだ。それはそれで、別にSOAPを組み立てていく必要がある。
まあ、あえて言えば、Aの後ろに「どの薬を使うか、なんぞよりその方がよっぽど重要だ」…とでも書けば、ちょっと薬剤師らしいアセスメントになるかもしれない。自分が何をする仕事なのかを精査していれば、目の付け所が変わってくる…そこが大切なポイントである。

○○は何をする仕事?

患者、利用者、相談者に有益な仕事を提供し、その思考過程を見える化することにSOAPの価値がある。そこで大切なのは、自分たちは何をするのが仕事なのだろう?自分たちの専門性を活かして、どんな価値が患者、利用者相談者に提供できるのだろう?一度そこを考えてみて欲しい。

薬剤師でいうと、専門性は薬理学と薬剤学…薬がどんなふうに聞いて、経時的にどんな変化が身体に生じるのかを予測することにある。

それを活かすと、危険を予測して副作用を未然に防いだり、患者の薬物治療に対する不安を軽減したり、積極的に治療を進めていくための動機付けができる。私はそれが専門性だと思っている。

…そう、「私は思う」それで良いのだ。

付け加えていえば、こう考えていると医師の処方意図を知ったところで、それで仕事が終わりとはならない。先に挙げた残念事例のようなことは、自分のやるべきことが分かってさえいれば起こり得ないことなのだ。

看護師って、介護職って、セラピストって、MSWって…
「私は」こんな仕事をする人、こんな価値を提供する人だって、まずは自問自答してほしい。

介護職だったらどうだろう。一例として考えてみたい。介護の専門性って何?そんな声を私も良く耳にする。介護の専門性は利用者の細かい体調の変化、本人や家族の心情を誰よりも熟知し、寄り添うことができる所にある。私はそう思っている。

介護職が先の症例で、体調の変化に悩む家族へは、SOAP思考で話を深堀りして、こんなアドバイスができるかもしれない。

♯本人の気持ちに寄り添い介護をすることと、無理はしないことを家族に
意識をしてもらう

S:いや、あの薬はダメ。もう大変でしたよ。薬を飲んで体が思うようにうごかなくなっちゃったのかな。それに口の中も勝手に動いちゃうみたい。それが本人金縛りにあったみたいに感じたらしいのね。それで、「殺される―!!」なんで真夜中に大声で騒ぐようになっちゃった。それで疑心暗鬼になったのか、ご飯にも薬を入れられているって思うようになったみたい。本人目線、それが怖いのかな。私が一口食べた物だったら食べるんだけど、創じゃないと食べようとしなくなっちゃった。この薬が原因だろうって、本人気づいたみたい。薬は飲まなくなっちゃった。前のほうが、「本人にとっても前の薬の方がよかったもな」と思って、先生にも相談して薬を元に戻してもらったんです。
先生からこんな風に言われた。「薬を戻せば身体が勝手に動く心配はない。でも眠れなくて騒ぐことは、また出てくるかもしれない」って。でも今よりはそれでいいのかな。
O:「本人は金縛りにあったように感じたみたい」「本人目線、ご飯が怖い」「本人にとっても前の薬の方がよい」など本人の視点に立った発言が、家族の言葉の端々に伺える。
元々キーパーソンは利用者本人の気持ちを汲み取り、本人のために最善を尽くそうという想いが強い。
A:精神不穏が悪化しないよう、本人の気持ちに寄り添う姿勢を今後も継続をしてほしいが、無理をして共倒れにならないようにも注意してほしい。
P:本人が「自分のことを分かってもらえる」と感じることが、薬以上に精神不穏を悪化させないための力になるはずです。本人どう感じているんだろう、どうすれば本人が楽なんだろう、そういう考え方は今後も継続して持ちましょう。ただ、本人が眠れない状態に寄り添って、ご家族も参ってしまわれたのでは本人のためにも、ご家族のためにもならないと思います。介護に疲れたと感じたらいつでも声をかけてください。サービスを上手に使って、ご家族の心身を休める時間を作ることも大切ですよ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?