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日本一無名な島根が異世界に行ったら世界一有名になった話 2

扉越しに自らの名前を呼ばれた寺山は椅子にもたれかかっていた姿勢を正して返事をした。

「はい、いますよ。入ってきてください」
「失礼します」

そういって扉が開くと、寺山と同じようにスーツ姿の男性が知事室に入ってきた。

「おはようございます、知事」
「ああ、おはよう平松さん。いきなりどうしたんですか?」
「今日の会議のことなんですが…」

寺山に対して笑顔で挨拶をした男、平松信弘は、手に持っていた資料を寺山の机に置いて今日執り行われる会議についての打ち合わせを始めた。
平松は現島根県副知事で、寺山と共に島根県庁で仕事をしている。
二人は議員時代から続く二十年来の付き合いであり、時に仲間として、時にライバルとして職務をこなし続けてきた。
その功績は寺山に負けるとも劣らず、島根において常に第一線で活躍してきた。

そんな彼らだったが、このたびの県知事選で寺山が県知事に当選したことに続き、平松が副知事として任命されることとなった。
二人の実務能力がすでに証明済みである以上、人事案の同意が得られないはずもない。
そうして二人は今の島根を代表する地位に立ったのだ。

「こちらの件についてはこのような案が出ていますが…」
「それなら多分問題ないだろう。こっちもいろいろ調べている」

知事室の中に二人の会話がこだまする。
彼らの仕事への情熱がここでもいかんなく発揮されていた。
国民からの信頼を得てここにいる以上、仕事に甘えは許されない。
自らの責務を痛感し全力であたるという寺山の信念がにじみ出ている。
それは平松も同じだった。

手元の資料や画面を見ながら目を細めたり口をつぐんだり。
そのたびに彼らの歳を感じさせるしわが動く。
そして刻まれたしわの数だけ今までの知識と経験が生きてくる。
二人の仕事に対する熱意は見た目によらず若々しくもあった。
「それではまあ、こんなもんですかね」
「そうですね。これだけ準備すれば大丈夫でしょう」
「じゃああとは今日の会議でってところかな」

会議資料を見ながら話し合っていた二人の話し合いはひと段落した。
そしてその後はたわいもない会話を楽しむ。

「…では私はこの辺で。今日の会議でまた会いましょう」
「わかった。また後でな」

昨日の夕ご飯やらテレビ番組の話やら、小学生のごとき駄弁を興じたのち、平松は自らの部屋に帰っていった。

「失礼しました」

笑みを浮かべながら会釈する平松。
彼が扉を閉める音が鳴りやむと、再び部屋は静寂に包まれる。
しばらくして寺山は手元の資料に目を向けた。

難しい言い回しの文章を単調な数字と難解なグラフが彩を添えている。
ちょっと見たくらいでは容易には理解できない。
それでも今の彼には容易く読み解くことができる。
寺山たちの日ごろの努力の前にはこの程度造作もなかった。

だがそれだけではない。
彼らの前には単なる文字の羅列などではなく島根が、島根の民がその奥底に見えていた。
それは資料一つ一つが島根における政策に、ひいては住民の運命をも変えてしまうかもしれないという信念の表れだった。

寺山はふと立ち上がり窓の外を眺める。
相変わらずの見慣れた景色が一面に広がっていた。
それはいつもと何一つ変わらない島根の日常。
彼がともに生きると決めた島根の風景だった。


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