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[SF小説]やくも すべては霧につつまれて4

緑の木々に囲まれた山の中、一台の客車タクシーが走っていた。

勾配の激しい山道にも関わらず、高度に学習された自動運転機能を搭載した客車は滑らかに走行し快適な乗り心地を実現していた。
暁はそんな車内で優雅に本を読みながら過ごしている。

地球防衛軍の基地などがある松島国の首都を出発してはや三時間になろうとするなか、木は一層深く生い茂り、木漏れ日が差し込む天然の薄暗い隧道を形成していた。

都市とは完全に隔離された空間にも見える山並みの中で、唯一の人工物といっても過言ではない客車が発動機の音を奏でながらぐんぐん登っていく。

 「…まぶしい」

 突然の日の光に、そうつぶやきながら膝上の電子端末から目を離す暁。客車は葉で覆われた道を抜け、青空の下に再びやってきた。

森の暗さに慣れてしまっていた暁は目をまたたきながら車の外の景色を眺める。するとはるかかなた、山の斜面に沿うようにして続く道の先、山と山の間のわずかな盆地部分に建物をいくつか抱える集落が見えた。

 「もうそろそろ到着か」

 目的地が近いことがわかり、電子端末をおとしにしまった暁は後部座席に放り投げられていた荷物をまとめる。

  「おおっと!」

 再び急な勾配に差し掛かり、大きく揺れる客車。

その揺れは暁を翻弄しつつも、客車は坂道を登っていく。
そして再び道路が平坦になろうとするころには、客車は大きな赤い鳥居の前にたどり着いていた。

ふもとの集落を一望できる山の頂上付近にそびえたつ鳥居の額束には、『八雲神社』と掘られていた。

歴史を感じさせつつも手入れの行き届いたそれの奥には、何十段も連なる石畳の階段がさらに上へと続いていた。

 『目的地に到着しました。料金の精算をお願いします』

 暁がそんな趣深い景色に見とれていると、自動運転機構が運賃を催促してきた。

はっと我に返った暁は、すぐさま運転席の背もたれに備え付けてある接触式端末で指紋認証を行って料金を精算し、客車から降りた。

そして客車の後部荷室から大きな旅行鞄を取り出して鳥居のほうへ向かう。生い茂った木々が日中でも影を生み出す石階段を暁は一段一段登っていく。

足元には粗さの残る灰色の岩石、頭上には目も覚めるような緑。
客車が走行音とともに走り去ると、あとに残るのはそよ風に揺れる葉の音色だけであった。

そんなさわやかな空間を抜け境内にたどり着くと、目の前には木造の大きな社殿が現れた。

ずっしりと太い重厚な柱に支えられた大社造りの美しく反り返った屋根は、太陽の光を浴びて輝いていた。
そのような見るだけで圧倒される荘厳な社殿を構える神社の境内で、暁を出迎える人物がいた。

 「よう!暁、久しぶりだな!」
 「神崎、久しぶりだな」

 大きく手を振りながら、待ち遠しかったといわんばかりに駆け足で暁のもとに走り寄ってきたのは神崎朱鷺雅かんざきときまさ

暁と同じ地球防衛軍宇宙艦隊の艦隊司令官を務めている。
軍人として同期の彼らは幼馴染でもあり、仕事中でもよく会っているが、仕事以外でも時間をともにする親友として長年やってきている。

宇宙という死と隣り合わせの空間で職務をこなす彼らにとって、互いの背中を預けるのに申し分のない相手なのである。

 「暁って、おとといから休暇なんだっけ?」
 「ああ、そっから二週間の休暇だ。神崎もそんくらいだったっけ?」
 「そうだな、俺は三日前地球に戻ってきて、そっから二週間だな。暁は月だったよな、俺は火星での任務で大変だったよ。なにしろ新しく配属された部下がさぁ…」

 思わず仕事の苦労話が口から垂れる神崎。だが暁はひとまずそれを制止する。

 「とりあえずその話はあとにしよ。朝凪が中で待ってるだろうし、荷物置いてご飯食べながら話そうよ」
 「お、そうだな。俺もおなかがすいてきちゃったよ。じゃ、早く社務所にいこうぜ」

 そういうと神崎は急いで社殿の裏へ走っていた。暁もそのあとをついていく。
参道を外れて白い玉石敷の上を歩いていくと、石階段から社殿を挟んで反対側に、木造二階建ての社務所が見えてくる。

社殿と違い迫力こそないものの、昔ながらの風情ある様式美が感じられる。この社務所は社殿と背後の森の間に位置した細長い構造をしており、渡り廊下を挟んで本館と別館に分かれている。

そのためその両方を合わせると社殿を取り囲むように位置しており、落ち着いた雰囲気とは裏腹に社殿に負けず劣らずの大きさを誇っている。

二人は社務所の別館にある玄関からその中へ入り、障子と襖に挟まれた廊下を通って居間へと向かった。

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