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20.12.11【異風祝感想 #3】全ての命は二度生まれる。魂が二度死ぬことを定められたように。 〜園田 樹乃『卵を抱く』を読む

 卵は見かけによらず、神話的な作用を持っている。インドや中国、エジプトやフィンランドの神話では世界の始まりに宇宙卵があり、それが割れることで天地が分かれたとする記述がある。
 これは意外にも世界的に共通したモチーフらしく、これを鳥へと変身譚や卵生譚にまで派生すると、ギリシャ神話の愛の化身エロースやレダが生んだ双子の兄弟と双子の姉妹、韓国(新羅)の朴氏赫世居、本邦のヤマトタケル(死後白鳥へと変身する)なども含まれる。

 また、寓話として有名なのはイソップ寓話の「金の卵を生む鶏」だろう。これはそのままではないにせよ、マザーグース(ガチョウおばさん)の童謡集にまで連綿と続く系譜をなしている。

 今回紹介する作品『卵を抱く』ではそんな卵の表象を辿りながら、内容を踏み込んでみようと思う。

(注意:以下の文章はWeb小説の深読みですが、筆者=八雲辰毘古による独断と偏見によって構成されております。そのため作者の思想や意図とは異なる内容を記載している場合がありますので、気になった方はぜひご自身の目で作品を読み、感想や寿ぎを送るようにしてください)

 本作『卵を抱く』の物語世界では、哺乳類と植物以外の全ての生命は魔力を有したヒト族の手によって、卵を作って増えるようになっている。

 これだけでも割と衝撃的な世界観だ。まず、魔力を有しているのがヒト族しかいないという点。そして、哺乳類と植物だけが例外であるという点。
 すなわち魚や爬虫類、鳥類はヒトによってのみ生み出される。それはおそらく霊長としてのヒト族の義務であり、現に〈卵屋〉と呼ばれる専門職は、その力と技とを以て生態系の秩序を維持するべく日々働くようなのだ。

 ちなみに〈卵屋〉を筆頭とする高度な専門職の手に掛かれば、獣人族も卵を経由して産み出せるらしい。本作ではある国の大臣の娘が輿入れする護衛兼話し相手として、ドラゴン族の獣人(女性)というなかなかハードな注文を遂行することがメインのあらすじとなっている。

 主人公のヘンリエッタ(私)は、〈卵屋〉ではない。その相方であり、〈語り伽〉と呼ばれる卵の育て役である。その仕事もなかなかハードなもので、食事もほぼ絶って、卵に物語を読み聞かせる役割を持つ。
 卵は音に敏感で、そのためにかなり慎重に音を遮断する部屋の中で管理される。唯一聞かされるのは〈語り伽〉の呼吸と、彼女が語る物語だけ。なんと慎重な作業だろうか。

 卵を育てる期間、私の体は、機能のすべてを”語ること”に向ける。
 食事は日に一度。噛む手間のない鍋一杯のスープのみ。それで事足りるのは、元来が少食な鳥類だからかもしれない。
 排泄もそれに伴って食後に一回だけになるし、睡眠は……意識の半分を眠らせて、起きている部分では見ている夢をそのまま話して聞かせるような具合だ。
 こんな育て方をするから、卵が無事に孵ったあとは、一か月近くの休養を必要とする。

 上述引用部分の内容も、然もありなん、と言ったところか。

 これが半月から1ヶ月程度掛かるというのだから、相当身体的にもハードな仕事であることは間違いない。流石に千夜一夜語り通したシェヘラザードほどではないが、それにしても、である。
 ちなみに読み聞かせの行為そのものは発達心理学の観点からも無数の研究論文が発表されており、ネットで検索して上位に出ている研究論文を複数件当たっただけでも「共感性」や「想像力」などの要素を育むものとして「読み聞かせ」の有効性が証明されている。特に読書習慣や言語能力の定着には差が出るらしく、本作において、〈語り伽〉の存在の有無が獣人誕生の有無に密接に関わるのもそのためだろう。

 卵屋が作り出した卵は、外界の音を栄養に育つ。殊に、浴びるように言葉を聞き続けて育った卵は、成長して人語を理解するようになる。会話ができるようにもなる。
 そして、あるレベルを超えると、人化の術も身につけた獣人となる。不思議なことに生殖をしないはずの獣人なのに、ヒトの男女の区別に似た外見の差をもつ。
 卵屋の手で生み出されたばかりの卵でも、すでに殻の手触りが違っている。つまり、獣人にならない雛にも冠毛の形状や羽毛の色などの違いがあって、それがそのまま、人化した時の男女の違いとなる。

 物語や神話の構造がヒトの、ヒトしての精神に非常に重要な要素を占めていることを熱弁すると、必ずユング派の話が出てくる。中でもエーリッヒ・ノイマンの『意識の起源史』(紀伊国屋書店)においては、ウロボロス(自らの尾を喰み、円環状となった大蛇の図像のこと)を起点に円形の表象から個人として精神が独立していく過程を記述する大著である。
 ここで、わざわざノイマンを引っ張り出したのは、獣人族の誕生に円形の表象=卵が出発点となっていることを明示するためだ。卵の場合、円というよりは球だが、それが一つの円形であり、無限や巡り巡る命のイメージを司っているという点で納得されたい。

 ヘンリエッタが語り聞かせる物語は、神話から辺境の御伽噺まで多種多様だ。しかしそれが物語である以上、起承転結や宝探しのプロットなどの構造的な面において共通点があるはずだ。それは外なる世界の誕生を物語ると同時に、内なる世界の再誕を示すものであったはずだ。
 生物学的な観点だと、卵の中では「卵割」と呼ばれる細胞分裂が発生し、次第に幼生へと変化していく。この過程を今回は動物の魂が獣人=ヒトの形を取るまでの過程として捉えてみると、まさにこの世界観において、獣人族は二度生まれることがわかる。一度目は殻を持った命として。二度目は自己(これ以上分割されないもの=individual)を持つ精神として。

 出典は忘れたが、人は二度死ぬと言われている。一度は肉体を持った生物として死に、次は周囲の記憶から失われることによって、二度目の死を迎えるのだ、と。
 だとすれば、卵生ではない人間も、二度生まれることを約束された生き物に他ならない。なぜなら人間もまた卵(らん)から生まれ、母胎という殻の中で育つようにできているのだから。

▼作品はこちらで読めます▼
 作品ページはこちら
 なろうだとリンクだけの添付ができないっぽいので、ちょっと加工してます。

 寿ぎボタンが押せるページも下記に貼っておきます。寿げ!

■また、参考文献は以下の通り。
○書籍
エーリッヒ・ノイマン『意識の起源史』林道義訳(紀伊国屋書店)
高橋睦郎『球体の神話学』(河出書房新社)

○論文
今井 靖親,中村 年江「絵本の読み聞かせに関する心理学的研究(?) ー幼児の物語理解に及ぼす視点と絵本提示の効果ー」『教育実践研究指導センター研究紀要』所収 1993年3月31発行
松村 敦,森 円花,宇陀 則彦「読み聞かせ時の演じ分けが子どもの物語理解と物語の印象に与える影響」『日本教育工学会論文誌』2015
浜崎隆司,黒田みゆき「絵本の読み聞かせがその後の人生に及ぼす影響 ーテキストマイニング法を用いてー」『鳴門教育大学研究紀要 第32巻』2017年
城 重幸「子どもの言葉を育む読み聞かせの調査研究」『豊岡短期大学論集 第14号 別冊』所収 平成30年(2018年)2月28日発行

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