【掌編小説】秋は巡る
11月。渓流。遊歩道。
枯葉を踏みしめる音。
紅く色づいた、大振りな木々を見ながら、
手を繋いで歩く父と子を見た。
余計な音は一切無い。
しん、とした空気をかたまりで吸い込むと、
木の板が少し軋む。
ちょろちょろと、水の音がしている。
2人の背中は、歩くたびゆっくりと揺れる。
息子の小さい歩幅に合わせるから、歩みは遅い。
私は彼らを追い抜かないよう、ペースを落として進む。よちよちと歩く男の子は、2、3才くらいか。
「ねえ。真っ赤きれい」
「ほんと、きれいだね。これが秋っていうんだよ」
子の声は弾んでいる。
「じゃあ、つぎは?」
「冬。もっと寒くなるよ」
「ふゆ?つぎは?」
「春がきて、たくさん命が芽吹くよ」
「はるのつぎは?」
「夏がくるよ」
「つぎはどうなるの?」
「また、秋がくるよ」
父親は、深呼吸して、いまこの瞬間を刻み込んでいるようだ。慌しい日常が嘘のような、柔らかな、人生のひととき。
この子の “当たり前”は、これから作られる。
「また来年も、一緒に色んなところに行こうね」
男の子は笑って答える。
「うん!」
「それでね、あきのつぎは?」
「また冬がくる」
(了)
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