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「黄泉比良坂にて」 #50

「いや、そうじゃなくて、秋川に乗っ取られた、身体の持ち主の、魂だよ」
「秋川が、身体を乗っ取ったときに同化するとかなんとか、言ってたな。本当かどうかはわからないけど」
「魂と魂が同化するってことなのかな?」
「知らん。魂が合体してひとつになるところなんか、想像できないけどな」
「もし、秋川が、十人以上に渡って人間の身体を乗っ取り続けていたんだとしたら……」工藤はおれのほうを振り向いた。「もとの秋川の身体から、一人ずつ順番に、魂が乗り換えていった、というわけだ」
「うん」
「で、裕二が死ぬ直前に出て来た、秋川の式神。あれは、生前の秋川そっくりだったんだよな、西川原」今度は工藤は西川原のほうを見て言う。西川原は小さく頷く。
「それで?」おれが先を促すと、「つまり、秋川に身体を乗っ取られた魂は、まだ生きてるんじゃないのか? このへんをたくさん浮遊してる魂の中に、秋川に魂を乗っ取られた連中がいるかも」
 おれはあたりを見渡した。
「そんな都合よくいるもんかな」
「わからん。それに案外、そいつらはおれたちに恨みを持ってるかもしれない。だって、秋川が連綿と続けてきた、身体を乗っ取って魂を移すという作業を、おれたちが終わりにしたんだからな。秋川がおれたちの身体を乗っ取っていれば、もともと乗っ取られた魂は一緒におれたちの身体に来れたのかもしれないが、おれたちが反撃して秋川を殺してしまったから、それまで一緒にくっついてた魂が、宙ぶらりんになった可能性が……」
 おれは苦笑いしながら、「お前、よくそんなところまで頭がまわるな。それで?」
「そいつらを探そう」
「どうやって?」
「わからん」と工藤は言った。おれは苦笑する。だが、なんとなく工藤の言いたいことはわかった。要するに、秋川に身体を乗っ取られた連中を集めて、情報を得ようというわけだ。その考えに反対する理由はない。
 おれはそのへんを浮遊している無数の人魂を見やる。川上や、川下の遠くのほうまで見ると、おびただしい数の人魂が浮遊している。これは全部、この世界にやってきた人間のなれの果てなのだろうか。これでも、ほんの一部なのだろう。
「式神の紙の中に押し込めば、復活するんじゃないのか?」とおれは提案した。式神は、紙に魂を宿らせて操っていたわけだから、可能なはずだ。
 工藤は中州のあった辺りのところまで歩いていくと、地面に転がっている紙を拾い上げた。人ぐらいの大きさのその紙は、見る限りではただの紙にしか見えない。工藤は紙を広げたりして中に魂を宿らせられないか、試していたが、やがて諦めた。そんなに都合のいいものでもないようだ。
「だめみたいだ」工藤はこちらをみて、手を広げてみせる。おれはあたりを飛んでいる人魂をじっと観察した。おれたちに恨みを抱いているような人魂がもしいるのならば、おれたちの周囲を飛んでいる連中、ということになるのだろうか。しかし、似たような色のがいっぱいあるので、個体の識別はなかなかつかない。(つづく)


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