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「AIから学ぶ」がこれからのスタンダード?

将棋棋士の中村太地が、将棋AI開発者の「たややん」氏と対談している動画を見た。

いまの将棋を追ってる人からしたらかなり激熱な組み合わせなのだけれど、一般的には「?」という感じで、ややマニアックだろうか。

たややん氏は将棋AIソフトの「水匠」というソフトの開発者で、将棋AI界では最強とされているソフトのひとつである。最近はAbemaなどで将棋中継がされることが多いが、水匠も番組で状況を解析するソフトとして採用されていたようだ。最近ではどうかわからないが、藤井聡太も研究に使っていたことでも有名である。

将棋AI開発者は、表に出てくる将棋の棋士と比較するとちょっと裏方的なポジションなので、こうして顔を出してしゃべっている動画は結構貴重だったりする。そもそも、「将棋AI開発者」という職業はなく、全員がアマチュア(趣味)である(たややん氏の本業は弁護士)。それでもプロ棋士を凌駕するソフトを生み出しているというのだから、すごいことである。

対談の内容は、最新の将棋AIの状況を織り交ぜたもので、個人的にはかなり楽しめた。しかし、将棋やAIに詳しくない人向けに、少し思ったことを書いてみることにする。

いま、chatGPTが普及したことにより、AIというのはもう一段階、社会に浸透しつつあるように思う。ちょっと前は「AIもどき」的なのが多かったが、chatGPTは普通に会話が成立するので、「マジのAI」という感じがする。

そして、将棋AIは、自動車の自動運転などの複雑なメカニズムと違い、単純明快なボードゲームということで、古くからAIの開発が進められてきた。とはいえ、プロを凌駕するほどの強さになったのはここ10年ほどのことである。

しかし、いまではプロのあいだで将棋AIを使うのは常識となり、年配の棋士も含めて、まったく使っていないという人はほぼいないのではないだろうか。

強くはなったが、じゃあ将棋のすべてが解明されたのか? というと、まったくそんなことはない。「人間よりも強くなること」と「将棋のすべてを解明すること」は全くイコールではない。将棋の可能性は宇宙のように広く、すべての局面の可能性は10の68乗ともいわれており、おそらく完全解析は不可能だろうといわれている。

昔の将棋AIはプロ棋士の指した手を学習することで、「よい手」と「悪い手」を学んだ。プロ棋士の指した手を「よい手」として学習することで、似たような状況がやってきたときに、同じような手を指すのである。が、当然ながらそれだけではプロ棋士の実力を超えることはできない。

近年は、ソフトが自分同士で自己対局を繰り返すことによって、自己学習をしている。ゼロベースで学習をするため、人間がこれまで作り上げてきた定跡とは違う手が生まれたりもする。

将棋400年の歴史では発見できなかった手なども生まれ、「エルモ囲い」などのように、ソフトの名を冠する手も生まれてきた。ソフト同士の自己対局は、休みなく行われているため、もはや将棋AIは何億局という経験値があり、これまでの人類が指してきた以上に「将棋を知っている」状態になっている。

将棋AIを通じて、「このままAIが発達していくと人間界にどういう影響を及ぼすのか?」が端的にわかるような気がする。もっともAIが浸透している業界が将棋界だからだ。

ひとつわかることは、「将棋の完全解析が不可能」であるということは、同時に「現実世界の完全解析も不可能」だということを意味する。たったの81マスの盤面で、40枚の駒を使って行う将棋ですら完全解析ができないのだから、それよりもはるかに複雑な現実社会が解析できるわけがない。

なので、昔の漫画とかによくあった、「コンピューターがすべてのシミュレーションを完全に行い、相手の動きが完璧に読める!」みたいなやつは現実には実現しない、ということになる。

コンピュータの原則として、人間に不可能なことはできない、というものがある。コンピュータにできることは、時間と手間さえかければ人間でもできる。それが原則だ。それがAIであっても、あくまで人間にもできることを、高速・大量にできる、というだけである。

ただ、現実世界としては、複雑な状況を判断するのには使えるようになるかもしれない。たとえば、コロナ禍の複雑な政治的な判断は、まさに人智を超えていたといえるだろう。

経済と医療の両方のバランスを考えて、ロックダウンするかどうか? 経済的な支援は? という判断は、もはや人間の能力を超えていた。経済の専門家と医療の専門家は、自分の専門分野の意見を主張していただけだった(それも大事なことではあるのだが)。

経済と医療のバランスを考えた政策というのは、複数の分野にわたって人間の専門家なみに賢いAIがいれば、もしかしたら可能になるかもしれない。現実には、経済と医療の両方の分野で専門家なみの人はいないので、そこはAIに頼る部分になるのだろうか。

すべてを見通すことはできないが、人間よりもマシな判断をすることはできるようになるかもしれない。物事を「決定」して、「責任をとる」のが人間の仕事で、それに至る材料を考えるのがAI、という具合に代わっていくかもしれない。参謀役のいらなくなる世界、ということになる。

人間にできることは、AIが「考えた」ことを「理解する」能力だろうか。AIの考えることは深淵で、理解するためにはかなりの知能が必要である。まさにいま、将棋界がそのような状況になっているため、いずれ現実世界もそうなるんだろうな、と。

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