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科学者と探窟家

「mRNAワクチンの衝撃」という本を読んでいる。新型コロナウィルスワクチン開発のノンフィクションとして、各方面で非常に高い評価を受けている本である。

日本では一部の人を除いて大多数の人が打ったであろう、新型コロナウィルスワクチンのうち、ファイザー社によって製造されたワクチンを開発したドイツの企業「ビオンテック社」を率いる夫婦のノンフィクションである。

ビオンテック社はもともとがん治療を目的とした新興会社だったが、新型コロナウィルスによる最初の犠牲者が出はじめた2019年末あたりから、さまざまなデータやファクトをかき集め、世界がこうなることを予見し、同社が専門としていた「mRNA」 の技術を利用した感染症ワクチンの開発へと舵を切った。

パンデミックにより世界がここまで混乱することを予見していたその先見性はもとより、「とにかく速く完成させる」ことが要求されるパンデミックのワクチンを開発するという献身性、判断力、対応力には目を見張るものがある。

このワクチンを開発するという経営判断もそうだし、製造のために提携することになるファイザー社との交渉も、最初から順調というわけではなかった(なにせファイザーは、世界最大の製薬会社である)。しかしすべての障害は「一日でも速くワクチンをつくる」という目的に向かって、従来とは比較にならないスピードで、急速に解決されていく。

ワクチンによるウィルスの抑制が効いている現在ではわりとメジャーな単語になりつつある「mRNAワクチン」だが、この当時ではあまり注目される技術ではなかったらしい。

mRNAは非常に不安定であり、現に今回のワクチン摂取でも、冷凍保管が必要なことから輸送や補完には大きな制約があった。そういった制約が必要なほど不安定なものであるため、これまでは主流の技術とはみなされていなかったらしい。

しかし、コロナウィルスに対して有効なワクチンが開発されたことにより、一躍脚光を浴びた。変な言い方ではあるが、「コロナウィルスという存在が、mRNAの技術をブーストさせた」のだろう。もともとはがん治療やインフルエンザ治療としての分野だったのが、その当時は世界の投資家からはあまり高い関心は寄せられていなかったらしい。

つくづく思うのだが、科学研究の世界というのは「流行り廃り」というのが非常に激しい業界だなと思う。普通の会社以上に、巨額なお金が動くので、ある意味では当然かもしれない。

ノーベル賞を受賞された山中伸弥先生のiPS細胞だって、もともとは全く有望とされていない研究だったが、成功した瞬間に一躍脚光を浴びた。iPS細胞の研究に踏み切ったきっかけは、「研究費があまりにも少なく、人も雇えないため、その当時注目されていた再生医療の研究ができなかったから」らしい。

最先端の科学研究は、「誰にもわからないこと、前人未到の領域に踏み込んでいくこと」なので、乱暴に言ってしまえば、成功するかどうかは「運任せ」みたいなところがある。

しかし、それが「金になるかどうか」でお金が集まったり、離れていったりするので、タイミングが非常に重要なのだろう。極端なことを言えば、成功するという確信があったとて、タイミングが悪ければ成就はしないのだろう。

科学者とは、探窟家のようなものかもしれない。金脈が出てくる保証はどこにもないが、信じて突き進む。

もちろん、何も出てこなかった、という人も多く、そちらのほうが大半ではあるのだろうが。

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