「黄泉比良坂にて」 #11

 おれたちはしばらく黙って歩いた。道は凹凸が多く、足元をしっかり確認しながら進まなくてはならなかった。もうあたりはだいぶ暗く、まっすぐ歩くのも難しかった。 
 しばらく歩いていくと、家が見えた。いま歩いている道の崖を下ったところに、一軒の家がぽつりと建っていた。あたりにはその家以外なにもなく、広い平らな土地に家と、車が一台、適当な方向を向いて止まっている。家は古くからある家ではなく、新築のようだった。だだっ広い平地に一軒だけ建っている家だが、低いフェンスで敷地が囲まれていた。家の裏には、小さな庭があり、その庭の大きさにフィットした小さな家庭菜園があった。
 おれと西川原は崖から降りられるところを探し、比較的坂がなだらかになっているところを選んで降りた。
 おれが先頭に立って、家へと近づいていく。家の周りは砂利が敷き詰められていて、近づくとザクザクと音がした。
「インターホンを鳴らせばいいのか?」
 西川原は、何を言ってるんだというふうに、バカにしたようにこちらを見た。おれは肩をすくめ、インターホンに手を伸ばす。
「何か用か」
 出し抜けに声をかけられ、反射的に身体がびくんと震えた。低い男性の声が、どこからともなく、聞こえた。
 長身の男性が車の陰から現れた。チノパンにシャツという、ラフな格好の、三十絡みの男性だった。
 驚いて、声が出せずにいると、「山の神社から来たんです」と西川原が後ろから言った。
「山の神社」男性が反復する。声にはほとんど抑揚がなかった。
「山から歩いてきたんです。友達が一人、はぐれちゃって」
「何か用? イタズラでもしにきたのか?」男はやはり抑揚を欠いた声で言い、こちらから目を逸らして、持っていたタオルで頰をぬぐった。
「どういう意味でしょうか?」西川原が聞き返す。
 男はタオルをチノパンのポケットに無理やり押し込みながら言った。「山のこちら側には、ウチしか家はないから、用事もなしにここにやってくる人はいない。何も知らないでこちらに来てしまっただけかもしれないが、普通はわざわざこっちまでは来ないよな。山の神社に用事があったのなら、来た道をそのまま戻るほうが自然じゃないか?」
 男は淡々と言い、こちらを凝視した。つま先から頭の先まで値踏みするかのような、鋭い視線だった。
「待ってください。それには色々と事情が……」おれが言った。
「どんな事情?」
「帰る道が……」
 言いかけて、続きの言葉が見当たらなかった。西川原と目が合った。戻る道がなくなったのは確かだが、それをどう説明すればいいのだろう? まさか、地蔵が大量に湧いてきて、それで帰れなくなったなんて、そんなことが言えるはずもない。
「警察を呼んで頂けませんか」西川原が強めの口調で言った。
「警察」
「友達とはぐれちゃったんです。彼を探さないといけないんです。もう暗くなってきているし……」
「いまの子はみんな携帯ぐらい持ってるんじゃないのか?」
「携帯は圏外なんです」
 西川原はスカートのポケットから携帯電話を取り出して、画面を見せた。おれも一応、自分が持っている携帯を確認したが、やはり圏外のままだった。
 男は、少しだけ、口の端を持ち上げて笑った。
「俺のも、圏外だ」
「電話が通じないんですか?」
 おれは驚いた。男は頷く。
「なぜですか?」
「電波が届かないからだ。他に理由があるか?」
 ストレートに返されると、それ以上何も言うことができなかった。

(つづく)


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