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なぜかつての学生運動を語る人が少ないのか?

社会学者の小熊英二の書いた「1968(上)」を読んだ。

先日、桐島聡容疑者が逮捕されたことをきっかけに、学生運動のことについて勉強しようと思い、かねてより私淑している小熊先生の著書を手に取った。が、これはとんでもない大著だった。

上下巻でそれぞれ分量が1000ページあり、重量は1キロを超える。読了するのに三週間ほどを費やした。1000ページという分量もさることながら、1ページあたりの文字量と密度もすごい。計ってみたのだが、1時間読んでも100ページも進まない。これだけで普通の本の10冊ぐらいはあろうかという分量である。

内容は、60年代・70年代に盛んだった学生運動についてだ。僕は学生運動が盛んだったころはまだ生まれていないので具体的に何があったのかを知らないのだが、後年の本でも「学生運動の意義」だったり「影響」について書かれた本があまりないので、妙だなと思っていた。

しかし、これを読んだらわかった。学生運動とは、大多数の人にとっては「黒歴史」だったんだろう、と。

大学の授業をボイコットし、破壊的なデモを行い、大衆を扇動アジテーションする。果ては機動隊と戦い、投石し、殴られ、逮捕され、とやりたい放題である。大学では教授をつるしあげ、自らで「自主講座」を開講した、と。

それだけならまだしも、電話代の請求に対して「革命の本拠地から徴収するとは何事か!反乱分子だ!」と踏み倒そうとしたり、電車を無賃乗車したり、無銭飲食を働いた者もいるらしい。現代のパリあたりでの過激なデモで車が炎上したりする映像を見ることがあるが、まさにあれである。

そのように過激な学生時代を送った人々も、4年生になったら髪を切り、普通に就活をして就職していく人が大半だったようだ。4年生ぐらいになると就職のことを気にし始めるため、デモや機動隊に攻撃などの過激なことを「実行」するメンバーは1年生が中心だった、と。

彼らの主張は千差万別で、どうも焦点がぼやけている。大学によって主張の内容も異なったようだ。たとえば早稲田大学では学費値上げをめぐって、大学自治の主張をしたりしていたようだ。また、日大では「真の学問がしたい」と主張した。

苦労して受験戦争を勝ち抜き、大学に入ったものの、そこで行われる授業はサラリーマン教授がただ本を読み上げるだけの退屈なものだった。それに失望し、それでは真の学問とはいえないということで、自主講座をやったり、討論をしたり。

有名人を招聘して、講義してもらうようなこともあったらしい。しかし、当時の人気論客によるものだったため、「中央公論」の見出しのようなラインナップになったのだとか。なるほど。

マルクスやいろいろな知識をかざしてはいたけれど、雄弁に語れるほど知識が深い者もそこまではいなかったらしい。国会突入などを計画し、実際に実行もしたけれど、突入したあとどうするかというビジョンは特になかった、とのことだ。曰く、「機動隊と正面衝突する自分たちの姿を大衆に見せて、覚醒させることが目的」だった、と。

読めば読むほど衝撃的な内容で、主張も行動もいまの基準からすると常軌を逸しているのだが、いまとは明らかに違うパワーがあるのは確かだろう、とは思う。

当時は団塊の世代で、とにかく若者が多かった。大学も、生徒が講義に何百人も出席するので、ホールで講義をしても収容できないほどだった、と。当然、先生の数も足りないので、急ごしらえのサラリーマン教授が多くなり、まともな授業ができなかったという事情もあるようだ。

そもそも学生が多いので、受験勉強も熾烈を極め、受験勉強に汲々としていざ大学に入ったらそんな調子だったので、フラストレーションが溜まっていたのだろう。それを発散する方法が討論や暴力、つまり学生運動だった、と。

いまは少子高齢化で学生が少ないから、基本的にはおとなしいんだと思う。少人数で暴れてもたいした勢力にはならないし、そもそも競争がそれほど激しくない。別にそれで悪くないのだけれど、いまの新興国のような勢いをかつての日本では感じることができるような気がする。

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