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ここに置いておくので、使えるものがあれば持っていってください

noteをはじめて、正確にどれぐらいなのか計算していないが、3年半近くになってきた。投稿した記事は2000本を超え、最初の日から毎日投稿しているが、まだしばらく続けていくつもりである(特にやめる予定はない)。

フォロワー数などは微増しているものの、ビュー数はわりと横ばいであり、数年前から一日1500〜2000ビューぐらいで推移している(編集部に取り上げられたりすると瞬間的に2万とかになるが)。

ただ、この数字は記事を開いて読まれた回数、つまりPVとは異なる数字のようなので、あまり重視はしていない。たまにこの数字をPVと表現している人がいるようだが、それは誤りである。

とはいえ、早朝に記事を投稿すると数分でスキがいくつかつき、お昼ぐらいには30ぐらいになっていたりするので、それなりに押してくれている人はいるようだ。なので、誰も読んでいない、ということはないのではないか、という程度の感触である。

以前、ホリエモンが「YouTube活動は虚無だ」と言っていた。要は、視聴者の顔が見えるわけでもないし、どういう感じで見ているかもよくわからないので、あまり見られている実感が湧かない、というのである。

確かに、自分もまったくnoteについては実感がないので、実質的にないものだと思っている。読んでくれている人はいるようだが、それを「ファン」と言ってもいいのかどうか。

自分の普段の生活を顧みてもわかることだが、明確に「それのファンだから」という理由で行動することは少ない。たとえば、僕は年間に100冊以上の本を読むが、すべての本の題名と著者が言えるわけではない。それどころか、直近一年で読んだ本の著者名をずらっと並べてみても、なんの人なのか全くわからない、という人もそれなりにいるのではないか、と思っている。

要は、その本を読んだのは「たまたま」であることがほとんどであり、多くは予備知識なく手に取っている。そして、読んだあとの感想がたいしたことなければ、そのまま忘れていってしまう。

note記事やネット記事に関しても似たような感じで、ブックマーク的な意味合いではてなブックマークに登録したり、スキしたりすることは多いのだが、それは必ずしもファンになったことを意味しない。

そもそも、ブックマークしているだけなのだから、お金がかかることでもないし、ファン行為とはいえない。なので、ファン数を表現する意味で「フォロワー数」や「チャンネル登録数」などを引き合いに出すことが多いが、実質的にはなんの意味もない数字だな、と思っている。

というより、そのフォロワーやチャンネル登録している人のうち、ちゃんとしたファンってどれだけいるんですか? ということである。

飲食店のオーナーをイメージしてもらえればわかると思う。たとえば美味しくて評判の、いつも行列の店があったとする。大人気で行列ができているのは、提供されている食事が美味しいからであって、決して店主のパーソナリティに惹かれてきているわけではない(まあ、そういう商売のやり方の人もなかにはいるかもしれないが)。

店主は、行列ができているからといって、その人たちに自分のファングッズなどを作って売ったりはしないだろう(そういうことをしていたら、それはそれで面白いとは思うが)。

もし、食中毒などの不祥事があれば、離れていく人が大半ではないだろうか(いや、それでも俺たちはついていきます!という熱い人たちがいたら面白いかもしれないが、少数派だろう)。

そういうものだと思っているので、別にファンがいようがいまいがどちらでもいい、というのが正直なところである。たぶん大半の人は「暇つぶし」のつもりで読んでいるだろうし、こちらもそのつもりである。

純粋なファンビジネスというのは、たとえばアイドルビジネスなどになるだろうか。宗教などもこれに該当すると思われる。アイドルと宗教は基本的な構造が似ているので、本質的には同じものなのだと思う。

しかし、世の中のビジネスの大半は、ファンビジネスではなく、純粋に価値を作り出し、それを交換することによって成立している。なので、まず大事なのは価値を作り出すこと、そしてそれを安定して供給することだ、と思っている。

noteは完全な趣味なので、この流れに乗せるのが必要なことだとも思っていないのだが。しかし、これもひとつの訓練だと捉えるのも悪くはないだろう。

繰り返すが、僕は暇つぶしで読んでもらうことを想定して書いているので、それぐらいの温度感で読んでもらえるとありがたい(わざわざ書かなくても、みんなそのように読まれていると思うが)。

暇つぶしで読むうちに、なにかひとつぐらいは「使える」ものを持ち帰ってもらえたら、それで十分である。「もしよければ、何かに使えるかもしれないので、ここに置いておきます。持っていってください」という、フリマのようなノリである。


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