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面白い文章を書くには?

インターネットでものを書く人は多いが、それを長年書き続けられる人は少ない。ある人は、「2年」がひとつの分水嶺だと言っていた。

2年、コンスタントに書き続けられる人は、その後も続けていける可能性が高いというのだ。逆に言うと、「書けなくなってしまう人」は、2年持たないということになる。

書けなくなる人は、なぜ書けなくなってしまうのだろうか?
 
以前見かけたのが、書けなくなってしまう要因として、「面白いことを書かなければ、読んで価値あるものを書かなければ」というプレッシャーがあり、それに負けてしまうから、と書いている人がいた。これは自分には全くない感覚なので、なぜそう思うのかについては関心がある。

誰かからお金をもらって書く仕事ならまだしも、インターネットに文章を掲載するのには誰の許可もいらないはずなので、自分の好きなように書けばいいのでは、と思うからである。

なのでおそらく、この問題は「読む人が面白いかどうか」ではなく、シンプルに「書いていても面白くない」ことが最大の原因であると思われる。なので、これの対策は、「自分が面白いと思ったことを文章を書く」、これに尽きる。
 
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とはいえ、自分も文章のタイトルに気を遣うことはある。タイトルによって、読まれる量が如実に変わるからだ。

自分の経験だと、特定のジャンルの言葉が入っていると、読者が劇的に減る傾向にある。たとえば、「ゴルフ」や「ポケモン」などの言葉がタイトルに入っていると、ゴルフやポケモンに関心のない人は読んでくれなくなる。逆に言うと、タイトルはより一般的なものにして、内容はゴルフやポケモンの話でもいい。しかし、それはゴルフやポケモンを知らない人や、興味がない人でも読めるような文章にしなければならない。
 
格闘ゲーム界では有名な梅原大吾という人がいるが、彼は格ゲー界ではレジェンド的な存在である。

彼は、格ゲーをほとんど知らない人でもファンが多い(僕もそのうちの一人だ)。彼の場合、格ゲーが強いのはもちろんなのだが、ただ単に強いから有名になったわけではなく、格ゲーが強く、かつ、格ゲーを通じて学んだことを一般化して語っているから人気が出たのだろう、と思う。

実際、僕は彼の書いた本を読んだことがあるが、格ゲーの技術的なことは書かれていない本で、ひたすら「どのように格闘ゲームに取り組んできたか」「それを通じて、どういう学びを得たか」「格ゲーで悩み、苦しんだことは何か。どういう壁にぶちあたったか」について記述されていた。

僕は格ゲーをやらないし、知識もほぼない。しかし、格ゲーを通じて彼が学んだことというのは、一般化してある文章で書かれていれば、自分にも応用が効くのだ。それは、彼の「一般化して語る技術」が優れているからだろう。
 
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面白い文章を書くのは簡単で、自分が「面白いな」感じたことを書けばいいのだ。何かを見て、面白いな、と感じたら、「なぜそれが面白いのか?」を深堀して、それを全く知らない人でも伝わるように一般化してみる。すると、自然と面白い文章になっていくだろう。その繰り返しである。
 
何を見て「面白い」と感じるかは、感性の成長によって変化していく。普通の人が見てもなんの変哲もないところに、「面白さ」を感じることができたなら、それはひとつのゴールのような気がしている。

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