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好きな人には

好きな人には好かれたいと思う。

もしも好かれるどころかその反対に嫌われたりしたらどうしよう...

こころのどこかでそう思うとき、人は緊張したりかたくなったりおそれを抱いたりしてしまう。

自分じゃない理想的な架空の自分を演じてしまうこともあるかもしれない。

だけどやっとわかったことがある。この年になってやっと最近わかった。

好きな人 じゃなくても誰かに好かれたい

友達になりたい そんなとき

ついついよいところばかりをみせようとしてしまって
ちょっと無理をしてしまったりもする

それもたまには別にわるくない…だけどそればかりでは消耗してしまうし

そんな自分を好きだと思ってもらえてもどこかむなしい…

だったら

ドン引きされても がっかりされてもいい

そうであればあるほどありのままの自分を出すほうがいいということ

自分じゃない誰かになろうとしたりはしていない

素直でそのままをどんどんとだしていけること

もしかするとそうすることで ほんとに嫌われるかもしれない

だけどそれはしかたがない

〜ふりをして 好かれるよりも

出しきって 嫌われてもしかたがないのだ と気づかされた。

本気のおつきあいは

ありのままの自分をみせるところからしかはじまらない だから

嫌われたらどうしようは少なくとも最初に考えるようなことではなくて

とりつくろったり何かのふりをしているうちは
本当の友達とは出会えない

真っ先に考えたほうがよいこと それは
ふりなんかじゃない

そのままの素の自分をさしだせる さらけだせることなのだと

やっとわかった

好きな人は尊重して理解をして

けれども自分自身はけしてとりつくろわない ごまかさない

それが自分自身を尊重すること

自分を信じる 自分を愛しているということなのではないかな

神さまも自分をしばりつけたりはしない
ありのままをたたえてくださっているのだから


なんて

そんな大切なことにやっと気がつけてよかったので

ここに残しておこうと思った次第です。



お読みくださってありがとうございます。





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