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隣の部屋

高知県 Oさんから聞いた話。

Oさんは、某市内のマンションに住んでいた。現在はすでに転居してしまっているが、これはそのOさんが住んでいた部屋の隣の部屋の話である。

その部屋に住む人たちは、入居から3ヶ月もしないうちに出て行ってしまうらしい。ある程度の広さがある部屋だったので、毎回小さい子供連れの家族が引っ越してくるのだが、すぐにいなくなる。ペット可の物件だったので、家族の誰かにアレルギーがあったのだろうか、両親が仲違いしてしまったのだろうか、それともOさん含め周りの住人がなにか迷惑をかけたのだろうかと、原因がわからなかった。だが、しばらくしてからそれがわかったのだという。

6月頃だっただろうか、隣の部屋では、部屋から出て行く準備を、またいそいそとしていた。隣の部屋に住んでいたのは4人家族で、夫婦と未就学児の姉妹が暮らしていた。またか、とOさんは思った。ただ、今回の別れはいつもより少し寂しかった。しばらく顔を合わせていなかったが、Oさんと夫婦の年齢が近かったため、以前は何度か会話をしたり、彼らの子供は目を合わせると手を振ってくれたりして、交流があった。

短い期間だったが、ご縁があったのだから、別れの挨拶くらいしておこうとOさんは思った。ちょうど隣人夫婦が部屋から荷物を運び出していたので、タイミングを見計らい、マンションの廊下に出て、夫の方に声をかけた。

「あのう、もう引っ越しちゃうんですね。」

「えぇ...そうなんです。」

隣人はかすれた声でそう答えた。口角は上がっているが、目は笑っておらず、隈ができている。なんとも疲れたようすだった。気になったので、Oさんは理由を尋ねてみることにした。

「転勤かなんかですか?」

「いえ、体調が優れなくて。」

反射的に、あぁと相槌を打ってはみたが、夫ひとりの体調が悪いからといって、なぜ家族全員が引っ越すのかがわからなかった。他人様の家族と健康というセンシティブな話題である可能性もあったので、「お大事に」とでも返すべきか考えていたが、その隙に、隣人はこう加えてきた。

「Oさんの部屋では、夜中に子供の足音とか、声が聞こえませんでしたか?」

会話が切り替わってほっとしたが、たしかに、夜中の11時から12時頃になると、その隣人の部屋から、子供たちのはしゃぐ声が聞こえたことはしばしばあった。

「ええ、お子さんたちの笑い声と走る音が聞こえてましたよ。元気なのはいいことですので、気にしてませんよ。」

Oさんがそう答えると、隣人は一瞬目をカッと見開いてこちらを見たあと、ゆっくりと視線を逸らして、こう言った。

「...うち、子供いないんですよ。」

なにかの冗談かと思ったが、そんな雰囲気ではなかった。

「体調が悪いのも、私も妻も眠れてないからなんです。Oさん、さっき夜中になると声と足音が聞こえるって言いましたよね。」

隣人は、すこし口ごもって、吐き捨てるようにこう付け加えた。

「私たちの部屋では、子供の声と形をしたなにかが、夜になると笑いながらバタバタと走り回ってるんですよ。電気を点けていようが消していようが、見えないんですが、あいつら、そこにふたりいるっていう気配は確かに感じるんです。他にも、物を落としたり、突然触れられた感触があったり、もう散々なんですよ。」

Oさんは思わず反論してしまった。

「いや、でも僕はお子さんの顔を見たことありますし、手を振ってもらったこともありますよ。」

「それは覚えています。たしかに、Oさんが、やけに下の方を向いて手を振ったり話しかけたりしていたのは覚えています。少し変わった人なのかなと妻と話していて、私たち夫婦に向かってされているのかなと思うことにしていました。」

この後に及んで、自分を騙そうとしているとはもう思わなかった。隣人は荷物を手に持ったまま、泣きそうな顔でこちらを見ていた。なんと返せばいいのかわからず、Oさんが呆然としていると、隣人は失礼しますとだけ言い、もうそこには戻ってこなかったそうだ。

当時のことを思い返して、Oさんはこう語った。

「そういえば、引っ越していった家族、みんな4人家族だったんですよ。そのうち本当に子供がいた家族は、どれだけいたんでしょうか。あの部屋には、僕が見た姉妹以外にも、なにかが棲んでいるんじゃないですかね。」

誰かが亡くなった事故物件ではなくとも、異質な部屋は、意外と私たちの近くにあるのかもしれない。

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