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大切にしたいその場所と、いつか別れるその日まで

もっと通っておけば良かった。

これは何かがなくなるときに必ず聞こえてくる言葉だ。ほんの少しの後悔が滲むこの言葉を常連客が使うことはないし、ある種リップサービスのように聞こえるかもしれない。だが、その言葉を使う人たちの後悔や寂しさは本物で、その言葉に嘘や偽りはないと思っている。

わたし自身昨年から今年にかけて「もっと通っておけばよかった」と思った出来事がある。実際には時々通っていたので「もっと通いたかった」という感覚に近い。

その場所は『高坂書店』と『なかたに亭』だ。

高坂書店

タンタンタンタン……ピッ
階段を駆け下り、ICカードをタッチする。

近鉄鶴橋駅の改札を出てすぐの目の前に見えるのは、大きな看板がかけられた小さな書店。2023年8月31日に惜しまれつつも閉店した高坂書店だ。

高架下ということもあり、少しの怪しさと昭和の哀愁が漂う場所。鶴橋のランドマークといっても過言ではなかったと思う。鶴橋駅を利用することが多いわたしは、いつもこの書店の存在を感じながら過ごしていた。営業時間は7時30分~22時。一般的な書店から見ても朝が早い。

7時前には既に店のシャッターは開いており、朝の荷出しをしていた。まだ覚醒しておらずノソノソと歩くわたしとは対照的にテキパキと棚を作っていく店主。シャッターの外に本棚を設置し、本が詰められた箱を開け、雑誌の付録を付けていく。開店準備をしている書店の姿が丸見えというのはかなり珍しいのではないだろうか。

わたしは昭和の風景を知らない。商店街にあるような町の本屋に馴染みがないわたしにとって、この書店は唯一 ”昭和を感じられる書店” でもあった。

そんな書店が閉店した。

閉店の知らせが店に張り出されたときはかなり衝撃を受けた。鶴橋のランドマークが消えてしまう悲しさ。またひとつ町の本屋が失われる寂しさ。このあたりの住民は今度からどこで本を買うのだろう?そんなことを考えていた。

そして、最後の思い出にと本を購入した。
高殿円さんのグランシャトー。

大阪京橋に実在するキャバレー「グランシャトー」の昭和から平成の激動を描いた作品で、大阪ほんま本大賞を受賞した本だ。

大阪の昭和を感じられる書店で、大阪の昭和を感じられる本を買う。この書店の最後を飾るのにぴったりな1冊だったと思う。

なかたに亭

大阪のチョコレート好きにとっては聖地ともいえる場所、なかたに亭。今年の3月17日に閉店してしまい、とても悲しかった。

誰かの誕生日とか、仕事を辞める人への贈り物とか、自分的に「ここぞ!」と思うときにはここのお菓子を選ぶことが多かった。キラキラ光るチョコレートのホールケーキ。ドライフルーツがたくさんのったパウンドケーキ。ちょっとした贈り物にも使えるクッキー。どれも美味しくて大好きだった。

わたしにとっては普段使いできるお菓子屋さんというよりは、特別な時に訪れるお菓子屋さん。

贈答用のお菓子を選びに行った時のことはよく覚えている。買い物の中で何か特別な出来事があったわけではないけど、「パウンドケーキにするかクッキーの詰め合わせにするか。どういうセットにして贈ろうか?」と考えてる場面とか、「ついでに自分用の生ケーキを買って帰ろうかな?」と考えていたこととか。

お菓子を選んでいるときの一つ一つの思い出がとても優しくて、多分このお店のことはずっと忘れないだろうなと思う。

人のことを想いながら買うお菓子ってこんなにも思い出に残るんだなぁ。今回思い返してみて初めて気が付いた。

最後にもう一度食べたかったけど、最後は整理券での抽選販売であったため買えなかったのが残念だった。

37年間おつかれさまでした。大好きでした。

ニュースでも取り上げられていて、本当にみんなに愛されていた店なんだな、と心が温かくなった。


高坂書店も、なかたに亭も、もう二度と行くことができない。大好きな場所はいつまでもそこにあるわけではない。

だから、今まだそこにあるお店を大切にしたい。
いつかなくなってしまうかもしれないその場所の最後を「もっと通っておけば良かった」ではなく、「こんなにもたくさんの思い出をありがとう」と思えるように。

今大切にしたいその場所ともいつかはきっと別れる。その日まで後悔のないように。

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