見出し画像

社会人になり損ねたら夢が見つかった話

大学を卒業し、新社会人として新たな1ページを踏み出すはずの4月1日。私はベッドに寝転がりながら1日を過ごしていた。

「今頃みんな入社式かー」
そんな考えたくもないことを考えては夢の世界へ逃避する。そんな堕落した1日だった。

つまり、私は就職できなかった。就職する努力もしなかったのだ。一応就職活動をしていた時期もあった。リクルート主催の就活イベントには参加していたし、企業主催の就職説明会にも行ったことがある。ただ、どうしても面接を受けるという行為が無理だった。面接特有のピリピリした空気が本当にダメで、その場に行くのか辛くて辛くて仕方なかったのだ。

勇気を振り絞って面接会場に行ったこともある。でも、行くたびに「無理だ…もうここには来られない…」と思った。

そのまま自然と活動を辞めた私に用意された就職先などもちろんない。仕方がないので学生時代のアルバイトをそのまま続けることにした。フリーターとして生きる道を選んだのだった。

4月1日以降、私がフルタイムで働いていたのは某大型書店だった。「就職が決まらなかったのでバイト続けます」と伝えるのは簡単だった。なぜならフルで勤務する書店員の多くは主婦かフリーターだから。

書店にはフリーターに対する偏見はないし、むしろバイトを続けることを好意的に捉えてくれる人が多かった。

「続けてくれんの?辞めるって言われたら困るなって思ってたから良かった!」

この言葉には救われた。少なくともこの場所では「就職できない」という劣等感に苛まれる必要がなかったからだ。

学生の頃は基本的に夜のシフトにしか入れなかった。夕方に出勤し、メインの仕事はレジ業務。それ以外の時間は自分が担当しているジャンルのトップから引き継いだ仕事をこなす。大抵は入荷した書籍を棚に入れていく作業。

学生バイトでも全員が担当ジャンルを持っているが、補佐的な役割なので自分の意思で出来る仕事はなかった。

だがフル勤務となってからは任される仕事が180度変わった。朝から勤務する形態となったことで朝の荷出しから行うようになった。

新刊や補充分を入れた箱を開け、ジャンル毎に仕分けをしていく。そして開店前に担当ジャンルの新刊を配置する。書店では毎日たくさんの新刊が出るため、どこに何を置くのか、どの本を下げるのかを毎日悩みながら品出しをしていた。コミックなどの売れ筋商品は朝一で出版社に追加発注をかけたり、フェアを企画したり。

今までよりも深く書店の仕事に関わるようになった。

学生の頃は実用書を担当していたが、フル勤務になってから最初に受け持ったのはコミックだった。毎月好きにフェアを組んで推し本を推しまくる日々。この頃はとにかくアニメばかり見ていた。

その後ジャンル移動となり、文芸書・芸術書・語学書・洋書を受け持つことになった。急に固いジャンルに移動になったことで戸惑うばかりだった。

「ワンピース新刊の追加発注!300冊?500冊?もっといるか?」という世界から、「新刊30冊もあるよ…返品率上げないようにするにはどうすれば…」の世界に。ジャンル移動した当初は訳も分からなくて文芸書なのに100冊も追加掛けて爆発する事件もあった…。

毎日毎日売り上げのことを考え、新刊を出し、フェアを企画し、出版社の営業さんの対応をし、発注をかけ、とにかく走り回る。8時に出勤して20時までいることも多く、それでも仕事が終わらないので家でPOPを作っていた。

フリーターという身分だけど毎日遊んでいるわけではない。どちらかというとブラックな勤務で、自分なりに一生懸命この仕事と向き合った日々だった。

店長から声をかけてもらい、雇用形態も一般アルバイトから契約社員に変わった。でも、それでも、世間から見たらただのフリーター。学生時代の友人と会っている時に「最近バイトどう?」と聞かれるのがすごく嫌いだった。フリーターだけど契約社員だし、バイトだけどちゃんとした仕事なのに。

きっとそれを聞いてくる友人に悪意はないのだ。それでもその言葉にいつも傷ついていた。それと同時に「自分が就職できなかった」という事実が重くのしかかってきた。

なんでみんなが普通に出来ていることが私には出来ないのだろう?私はいつも人より出来るようになるのが遅い。どうしたらちゃんとした人間になれるのだろう。

ずっとずっと考えていた。

最終的に導き出した答えは「就職すること」だった。結局どこまでいっても劣等感が拭えないのなら、一度飛び出してみるしかない。いわば劣等感から抜け出すために就職活動を始めた。

「面接が怖い」とずっと思い続けてきた。正直今も怖いしとても嫌いだ。でも、書店員として働き、出版社や社会人として働いている方々と接したことで自分なりの付き合い方が分かった。つまり経験を積んだことで人間慣れしたのだと思う。

そうして私は一般企業に正社員として入社し、今は経理業務をしている。お客様と接することもなければ自分で何かを作り上げることもない。

良くも悪くも固くて真面目な仕事についた。ルーティンなので広がりはなく、私には少し窮屈に感じられる。それは書店での仕事がもっとクリエイティブで楽しかったからなのだと思う。

全く違う仕事をしていることで私はいかに書店が好きだったか、本に助けられていたのか気付いた。これからも本と関わって生きていきたい。本のフェアを組んだり、ポップを作ったり。

私はいつか自分の書店を開きたい。
それが夢なのだとわかった。

書店が好きな気持ちは大学を卒業してすぐに就職していたら気付かなかったと思う。就職せずにフリーターを極めたおかげで(!?)書店で重要な仕事を任せてもらえるようになったし、書店の仕事の楽しさを知った。遠回りすること。それって実は近道なのかもしれない。

ずっと負い目を感じていたフリーター時代の生活は私の人生になくてはならない時間だったのだと思えるようになった。

この夢はすぐに叶わなくても良いし、老後の趣味として開いても良いと思っている。本屋は決して食べていける仕事ではない。だから今は事務の仕事の他にライターやデザイン関係の仕事を請け負い、いつかお店を開いた時にそれ以外の収入で食べていけるように準備している。

書店を営みながら文章を書いたりデザインしたり。いつか自分の本を出版して並べてみるのも楽しいかもしれない。

社会人になり損ねたおかげで、私は私の夢を見つけることができた。

この記事が参加している募集

#仕事について話そう

110,645件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?