できるだけ長く、遠くへ
作家としてデビューしたものの、その一作目が売れなかったために最初の出版元では二作目が出せなかった、という話は何度か書いた。
二作目が出せないと決まった時、驚くことに、自分はまったく悲観していなかった。
それは自分がデビューした時点で、漫画原作者として何年か仕事を続けていたためだ。
自分のいた漫画の業界では、デビューして単行本を出したなどの実績があれば、それを名刺代わりに出版社に企画を持ち込みして、企画が通れば仕事をさせてもらえた。自分は文芸の業界でも、それは変わらないと思っていた。
二作目はすでにプロットが完成しており、自分はその企画を売り込もうといくつかの出版社に電話をした。そしてどの出版社にも、企画の持ち込みは受け付けていないと断られた。仕事をしたかったら、新人賞に応募してくださいという答えだった。
漫画の業界とは作法が違うのだと知り、ここでやっと困り始めたが、それ以外に方法がないなら仕方がないと新人賞に応募することにした。長編を書く時間の余裕がなかったので、ホラーの短編を書いて「幽」怪談文学賞(※現在は「幽」文学賞)に応募したのだが、自分の書いた「べらの社」という短編は最終候補に残ったものの、落ちた。
(その落ちた短編はのちにホラー短編集として勝手に個人出版させてもらったが、今読んでもそんなに悪くないと思うので、良かったら読んでください)
一度デビューしたのに、新人賞に応募して落ちる、というのは、なかなか堪える経験だった。講評で京極夏彦先生にちょっと褒めてもらえて、それだけは嬉しかったものの、もう新人賞に応募して結果を待つのも、落ちるのも嫌だった。心が持たないと思った。
その時に相談に乗ってくれたのが、以前「売れない作家ができるまで」という記事でも書いた、自分が初めての連載でお世話になった可愛くてドSの編集さんだった。
彼女は以前一緒に仕事をしていたという、文芸の編集さんを紹介してくれた。「作品を出すと約束はできないけど、書いたものを読んでアドバイスすることはできる」とのことで、自分はその編集さんに読んでもらうために、プロットの状態だった二作目の長編を半年かけて書き上げた。
完成した長編は、「ミステリーとして面白いけれども、このテーマでは出版は難しいと思う」と言われた。そして、そこで初めて、「矢樹さんはどんな作家になることを目指しているんですか」と聞かれた。それによって、どうアドバイスをするかを考える、とのことだった。
自分は、「直木賞を獲る作家になりたいです」と答えた。
このやり取りをしたのは2013年のことで、受賞できずに文庫でデビューした(しかも売れずに仕事を干された)翌年にこんなことを言っているのだから、我ながら頭がおかしい。
だが一応、そう答えたのは理由があってのことだった。自分は作家になったら、できるだけたくさんの作品を書いて、できるだけ長く書き続けたいと望んでいた。
そのためにはきちんと作品を当てて、仕事をさせてもらえる立場でいなくてはいけない。だったら直木賞は獲らないと、と短絡的にではあるが、考えたのだ。
直木賞を獲りたいと言いながら、直木賞作品をさほど読んでいるわけでもなく、漫画とホラーと本格ミステリーばかり読んできた。そんな考えの浅い、頭の悪い作家に、編集さんはまじめにアドバイスをしてくれた。
「だったら短編を書いてもっと力をつけた方がいいです。月に一本と締切を決めて、一年間続けてみてください」
それに加えて、直木賞作品をきちんと読み、さらにその作品の講評も読むようにと言われた。
頭は悪いが素直な自分は、編集さんのアドバイスに従って月に一本の短編を書き始めた。
そしてアドバイスに従って直木賞作品を読んで、「本格ミステリー以外にこんな面白い小説があったのか」と衝撃を受けた。
アドバイスに従って講評を読むうちに作品の分析らしきことをするようになり、自分が何を面白い、良いと感じ、心を動かされているのか、自分の中で言葉にできるようになった。
月に一本書いた短編はどれもミステリーだが、トリックの部分だけでなく、小説全体として面白く、良い作品になるように努力を続けた。
一作書くごとに前より上手く書けたという手応えを感じ、確かに力がついていると思えた。
あれから7年が経って、やっともう2作の作品を世に出せたというところで、直木賞はまだずっとずっと遠くにある。気配も感じられないほど遠い。
けれどあの頃に書いた短編ミステリー「夫の骨」が日本推理作家協会賞という大変な賞を受賞して、自分が歩いてきた道は、ちゃんと繋がっていたんだと思えた。
今歩いている道には、エージェントさんや新たに出会った編集さん、書店員の方や読者の方など、助けてくれる人や応援してくれる人が増えた。
多分この道も、どこかには繋がっていて、苦しいことはあっても面白く、楽しい道のりになると思う。
だから、できるだけ長く、遠くまで歩いていきたい。
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