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あすを探る:経済学でお金儲け!?

2020年9月24日(木)の朝日新聞[あすを探る]に、経済学のビジネスへの活用をテーマとする論考を寄稿しました。私が Economics Design Inc. を共同で創業したことにも関係する記事です。以下に転載させて頂きます。

経済学でお金儲けできる?

 「経済学は役に立たない。もし役に立つのなら、経済について詳しいはずの経済学者はお金持ちになっているはずだ」。ときどき、こんな意地悪な発言を耳にすることがある。

 経済学者はこの主張にどう答えるか。「経済学はそもそもお金儲けの学問ではないので的外れだ」というのが典型的な反論だろう。「需要と供給」に代表される分析道具を使い、経済が動く仕組みを理解して、暮らしを豊かにする政策を提案する。経済を見(診)る目を養うことが経済学の役割で、個人や企業が儲ける方法を助言するような「すぐに役立つ学問ではない」という返答だ。

 この正論に対して、あえてダメ出しをしたい。経済学の中には、後述するようなすぐに役立つ分野、お金儲けに使える分析道具も存在するからだ。正論によって「役に立たない感」を強調し過ぎると、実務でも使えるせっかくの知見が広まりにくくなる。役に立つ経済学を入門講義に期待したものの裏切られ、その先の勉強を諦めてしまうのはもったいない。こうした被害者を少しでも減らす教え方、伝え方を経済学教育では心がけるべきではないだろうか。

 典型例として、家計について分析する消費者理論を取りあげよう。この理論では、個々の消費者は与えられた予算のもとで賢く消費を行う―「効用」と呼ばれる満足度を最大化する―と仮定される。これ以上満足度を高めることができないので、消費行動を改善する余地もない。言い換えると、外部からの助言を全く必要としないような消費者像を、最初から想定しているのだ。消費者理論という名前から、家計のやりくりに関する助言を期待したくなるが、皮肉なことに実践的なノウハウはほとんど得られないのである。

 これに対して、心理学との学際領域である行動経済学という分野では、自身の満足度を引き下げるような意思決定の癖について学ぶことができる。たとえば、「現在バイアス」に陥っている消費者は、将来の利益よりも現在の利益を重視し過ぎる結果、目の前の楽しみを優先して計画していた行動を先延ばしにしてしまう。提出期限の間際まで宿題を始められない、ダイエット中なのについデザートを注文してしまう、といった苦い経験は誰にでもあるはずだ。我々が陥りがちな現在バイアスの存在やその対処法を知ることで、消費者はより望ましい消費行動を選択できるようになる。

 企業のお金儲けに繋がるような助言についてはどうだろうか。消費者理論と並んで教科書に登場する生産者理論では、個々の企業は市場価格で生産物を好きなだけ売ることができ、その上で利潤を最大化すると仮定されている。しかし現実には、作り過ぎた生産物が売れ残るリスクや、ライバル企業の動向が売れ行きに及ぼす影響などは無視できない。だからこそ、いくらの価格でどれだけ売れるかを探る需要予測が重要となる。現実のデータを元に需要を精緻に推計する計量経済学や、企業間の駆け引きを分析するゲーム理論の知見は、予測精度の向上を通じて企業の利潤増大に活用できる。

 冒頭の主張に戻ろう。経済学は役に立つし、お金儲けに使うこともできる。実際、GAFAやマイクロソフトなどの米IT企業が、経済学の博士号取得者を近年大量に雇用し始めている。ではこうしたアカデミアから企業への人材や知見の移動は、日本でも起こるだろうか。その予兆を感じさせる発表が先月、東京大学から出された。同大が全額出資する「東京大学エコノミックコンサルティング株式会社」の設立だ。同社は経済学の専門的知見に基づくコンサルティング業務を企業や政府などに提供することを通じ、アカデミアと実務の橋渡しを目指している。

 経済学の実務への活用が広まっていくことを期待したい。経済学者がお金持ちになるには……もう少し時間がかかるかもしれないけれど。

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