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ファンタジー小説「W.I.A.」1-2-②

 カイルとエアリアは、すぐに戻って来た。どうやら、うってつけの依頼があったらしい。マールと違って、こちらはタイミングが良かった、ということだ。
 
 「ちょうど依頼主がギルドに依頼したところだったんだ。どうやら、ブドウ農場の近くにゴブリンが数匹、住み着いたらしい。その討伐依頼だよ。」
 「報酬は2デテイク。明日討伐してくれたら3デテイク出してくれるそうよ。今日はこのままゆっくり休んで、明日、片付けてしまいましょう。」
 
 ゴブリンと言うのは、「闇の種族」の中でも低俗な怪物だった。粗暴で薄汚く、頭は良くないが狡猾なところがある。辺境の村などでは、村人が農具で撃退することもしばしばだが、ハイペル程の街ともなれば、冒険者に駆除を頼むのが一般的だ。最近は特にこの手の依頼が増えて来ていて、内容の割に報酬がいいので、冒険者の間でも取り合いになる。
 
 「それで、マール?今日は、私たちと一緒に冒険者の宿に泊まりましょう。実は、農場の水車の調子が悪いんですって。あなたなら、直せるんじゃないかしら?」
 
 『僕は発明家であって、修理工じゃない』
 
と、言おうとして、思いとどまった。今はそんなことを言っている場合じゃない。何としてでもデルを手に入れないと、帰る場所さえ失ってしまう。それに、恐らく依頼主にエアリアが頼み込んで依頼をもらったんだろう。だとしたら、そんな不義理なことは言えるはずもない。どうしてかはわからないが、この人の悲しむ顔は見たくなかった。
 
 「ありがとうございます!見てみないとなんとも言えませんが、たぶん直せると思いますよ!」
 「そう?良かった!きちんと直してくれたら、1デテイク出してくれるそうよ。明日、私たちと一緒に農場へ行って、私たちが依頼を遂行している間に、見てみてくれる?」
 「わかりました!がんばります!・・・いろいろ・・・ありがとうございます!」
 「じゃあ、決まりね!そうと決まれば『跳ね馬亭』に行きましょう。」
 
 『跳ね馬亭』はいわゆる冒険者御用達の宿で、御多分に漏れず、一階が酒場兼食堂、二階から上が宿となっていた。ハイペルには他にも冒険者の宿があるが、基本的にはギルドが宿の割り振りをして、全ての宿が均一に儲かるような仕組みを作っている。部屋は二階の部屋が充てられ、男女は布のカーテンで仕切るだけだったが、寝台は人数分より多くあり、清潔なシーツと毛布が添えられている。
 木製の窓を開けると、夕暮れの街の喧騒とともに、涼しい微風が室内に流れ込んでくる。申し分のない部屋だった。
 
 「装備を解いて、メシとしよう!」
 
 ガルダンがひと際元気にそう言うと、慣れた手付きで革のベルトや金具のラッチを外して鎧を脱いでいく。カイルも同様だった。
 エアリアとアルルの方は簡単だった。アルルが自分のローブを脱ぎ、エアリアの分厚いローブを脱がせると、窓の外からぶら下げ、砂塵を払い、ブラシで布目を整えた。窓の下から苦情が起きたが、アルルは平然と作業を続けている。
 マールは特にすることがない。薄い革のベストを脱いだら、それで終わりだった。
 武具や荷物をひとところに集めると、アルルが「留守番言葉」を掛けた。この言葉が解かれる前に、誰かが荷物に触ろうとすると、屋敷精霊を始めとした付近の精霊が騒ぎ出す。厩に止めておいたマールの荷車にも、同様の「留守番言葉」が掛けてあった。
 こうしてみんな平服になったが、マール以外のそれぞれのベルトには、ダガーが挟まれ、ポーチも数個着いている。冒険者の心得として、どんな場合も武器は一つ身に着けておき、ポーチには火打石や火口、磁石、革紐、油瓶などが入っている。ガルダンはその他に、パイプタバコのセットと小型のハンマーを持っていた。
 
 ガルダンを先頭にして階下の酒場へと入っていく。酒場は冒険者以外にも冒険譚を求める町人や吟遊詩人、旅人とその相手を勤める着飾った女たちで混み始めていた。一行は奥の客の少ないエリアのテーブルに案内され、すぐに給仕の男性が全員分のジョッキと取り皿をテーブルに並べた。
 ガルダンはパイプにタバコを詰めながら作業を見守る。注文はエアリアとアルルの仕事のようだった。
 すぐにワインとエールの小樽が現れ、ガルダンの前に据えられる。酒の類を飲むのは、どうやらガルダンだけのようだった。
 
 「なんじゃ、マールも飲まんのか!ようやく飲み仲間出来たと思ったが!」
 
 そう言いながら、ガルダンは酒を独占できるのが嬉しそうだった。
 「はい、でも、パイプは嗜むので。」
 「おお!そうか!これはアルウェン特産のタバコ葉で『希望』と言うのだが、味見してみんかね?」
 
 そう言って、ガルダンはポーチから小さな麻袋を取り出し、マールに手渡した。袋の口を開くと、燻した濃厚なムスクの香りの中に、柑橘類を思わせる爽やかさを含んだ芳醇な香りが漂った。
 
 「とても良い香りだ!じゃあ、遠慮なく・・・。」
 
 マールも自分のパイプを取り出して、タバコ葉を詰める。テーブルの蝋燭で火を着けると、口の中に得も言われぬふくよかな甘さがいっぱいに広がり、同時に口からは紫の煙が吐き出された。
 
 「うん!これは、逸品ですね!」
 「気に入ったか!なら、その袋ごと持っていてくれ。二階に大袋で持ってきてあるからな!」
 「ありがとうございます!」
 
 ガルダンはとても気前がいい。タバコ葉は、決して安くはない。マールは経済的な理由から、しばらくタバコを吸っていなかった。いつか、必ずお返ししよう。
 
 その間に、テーブルには次々と料理が運ばれてきた。小さなジャガイモを揚げてスパイスをまぶした物、ハーブで味付けされた大きな魚、焼き目も美しい、丸ごとの鶏肉は、あっさりした塩味だった。それに、焼き立てのパン、コンソメ、色とりどりのフルーツ入りサラダ、数種類の豆を使ったベイクドビーンズ、デザートはミルクプリンだ。
 マールは味もさることながら、その量に驚いた。
 
 「す、すごいですね・・・いつも、こんなに食べるのですか?」
 「普段が質素な分、街に来た時は豪華に食べることにしてるのよ。私たちはともかく、食べ盛りもいるから。」
 「もう育ちもしないのに、無駄に食べるドワーフもいるしね・・・。」
 
 アルルの一言で、カイルがコンソメを吹き出して咳き込んだ。テーブルに笑いが広がる。
 
 「む、無駄に食べるは、さすがにひどいよ、アルル!」
 
 カイルが袖で口元を拭いながら、にこやかに抗議する。
 
 「そうじゃい、アルル!儂の腹はデルが掛かってる分だけ、ちゃんと育っておるわい!」
 「それは、育ってるんじゃなくて肥ってるんでしょ!横に伸びるだけを、育つとは言わないわ!」
 
 ガルダンとアルルのやり取りを見て、エアリアまでが吹き出した。アルルやガルダンも笑いの渦に加わる。マールはアルルがこんな風に声を出して笑うのに驚いた。いつもにこやかにしていれば、とてもチャーミングな女の子なのに。普段の仏頂面は、冒険の緊張感のためなのだろうか?
 
 楽しい食事の時間があっという間に過ぎ、テーブルの皿もジョッキもきれいに平らげられた。なんだかんだと言いながら、マールも存分に食べ、ハイペル特産の「弾ける水」に新鮮なライムを絞った飲み物も、ジョッキに3杯は飲んだ。食事中に明日の依頼についての話になったので、邪魔にならないように黙って耳を傾けていたが、どうやらワイン貯蔵庫として使っている洞窟にゴブリンが数匹、住み着いたらしい。寝かせているワインに被害が出ないうちに片づけて欲しい、というのが依頼主の意向だそうだ。
 ガルダンは生木を燻してゴブリンを洞窟から追い出し、出てきたところを一気に片付けるつもりのようだ。話し方からして、そこまで危険な任務ではなさそうな感じだった。
 
 やがて、エアリアとアルルが先に二階へ上がる。これから二人は、盥と湯で体を清めるのだ。その間、男性陣は下で待つことになる。
 気を利かせた給仕が、小さめのジョッキに各々の飲み物と、干しブドウを持ってきてくれた。ガルダンが丁重に礼を言い、チップを渡す。
 
 「ところで、マール。これからどうするんですか?城外で発明品を売っても、それほどお金にはならないのでは?」
 
 そうなのだ。明日はいいとして、その先はどうしたらいいのか、マールも考えてはいたのだが、どうしても希望が持てる考えが浮かばず、後回しにしていたのだ。
 
 「・・・そうですね・・・。明日はエアリアさんの計らいで何とか仕事に在りつけましたが・・・。城外では、私の発明品など見向きもされないでしょうから・・・。」
 
 城内と城外では、客層があまりに違う。かといって、見本市以外に城内に店を出すことなど、今のマールにはできない相談だった。だからこそ、この見本市に懸けていたのだが。
 
 「仕事のアテもないなら、しばらく儂らと一緒に旅をしてはどうかね?」
 
 ガルダンがパイプにタバコを詰めながらそう言った。冗談で言っているようではない。カイルも真剣な表情でうなずいている。
 
 「私がですか!? それは、魅力的な申し出ですが・・・私は体力もありませんし、戦えるわけでもないですから・・・。」
 「うむ・・・だが、見たところまだ若いし、旅をすれば自然と体力はついてくるじゃろうて。危険がないわけではないが、お主の仕事に役立つ経験が得られる可能性もある。儂もこう見えて細工師の端くれじゃが、ノストールの細工物は、それはもう見事だ。地下遺跡にはもうそこでしか見ることのできないカラクリがあったり、古の魔動機があったり、実に興味深いぞ。」
 
 確かに、他地域の素材や技術を手に入れるには、冒険者と旅をするのはうってつけと言える。通常は誰もいかないような場所にも、行くことができる。逆に冒険に出るのなら、今が最後のチャンスと言えなくもない。これ以上齢を重ねては、体は弱る一方だろう。
 それに、経済的な問題もある。危険も多いが、うまくいくと、一生研究室に籠っても生活に困らないだけの富を得ることだって、不可能ではない。
 
 『だけど、どうして僕にこんなに良くしてくれるんだ?足手まといになっても、役に立つことなんかありそうにない、昨日出会ったばかりの人間に・・・。』
 
 マールは感じたままを口にした。答えは意外なものだった。
 
 「アルルが昨夜、エアリアにそう進言したそうです。・・・マールさんに旅の同行を申し出るように、と・・・。エルフには私たち人間やドワーフにない感知能力・・・予知能力、と言うのでしょうか?そういうものがあるのは、ご存じですよね?」
 「ええ・・・まあ、そう聞きますけど・・・。」
 「アルルは、今日のことを見事に読み当てておったのだ・・・。つまり、お主が希望通りに出店ができず、この先路頭に迷う、ということが。そして、お主が一行に加わることで、儂たちにもお主にも、いい影響があるらしい・・・。」
 「ほ、本当ですか!?」
 
 にわかには信じがたい話だった。だが、一行の行動は「先が分かっていた」からこそだったと言われれば、それはそれで納得がいく。
 
 「確かに、にわかには信じがたいですよね・・・。アルルにしても、いつもその能力が働くわけではないので、戸惑いは感じているみたいです。だから、本当はこの話はしないことになっていたんですが・・・。」
 
 そこまで言って、カイルはガルダンを振り向いた。ガルダンが「続けろ」というようにうなずく。
 
 「マールさん、もしかして、トンカで借金とか、してらっしゃいませんか?」
 
 マールは飛び上がらんばかりに驚いた。このことは、誰にも話していないし、借りたのは大半が親戚で、借用書なども作っていない。返済期日も見本市の後にしてあるので、冒険者に借金の取り立てを依頼したとも思えない。大体、それでは日数が合わない。
 
 「ど、ど、ど、どうして・・・それを・・・!」
 「あ!あるんですか・・・そうですか・・・。」
 
 そこまで言って、カイルは俯いて黙ってしまった。
 
 「アルルはこうも言ったのじゃ。お前さんは借金が返せなくなって、親戚の一人に襲われるんだそうだ・・・。」
 
 もはや、疑いの余地はない。アルルは借金先までお見通しということだ。恐らくこの申し出を断ったら、間違いなくそうなるのだろう。はした金でこちらを襲おうと考えるような親戚の顔も、自然と思い浮かんだ。

「・・・そこまで見えているなら、私は皆さんと一緒に旅に出るしか、ないようですね・・・。」
 
 カイルの顔がパッと輝く。
 
 「決断していただけましたか!良かった!」
 「うむ。儂らもお主の身を案じながらでは、毎日の目覚めが悪いからの。まずは、良かったわい。」
 「エアリアやアルルも喜びますよ!きっと!」
 「すみません・・・お役に立てるように、がんばります・・・。」
 
 とは言ってみたものの、マールの気持ちは晴れなかった。もしかしたら、親戚に襲われるというだけなら、冒険の旅に出るよりもそちらの方が危険は少ないかも知れない。何といっても、そこは親戚だし、命までは取らないんじゃないだろうか?
 
 その夜は、寝心地の良いベッドでの睡眠となったのに、マールはなかなか寝付けなかった。先ほど浮かんだ疑問が、頭の中で何度も繰り返し、浮かび上がってくる。
 
 「この選択は、正しかったのだろうか・・・?」
 
 その疑問に答えの出る前に、一番鶏の鳴く声が響き渡った。マールは結局、一睡もできなかった。

「W.I.A.」
第1章 第2話
了。

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