小説「W.I.A.」2-8
第2章 第8話
ガルダンの細工は、夜明けとともに完成した。細工自体は夜が明けないうちに終わっていたが、それから磨き粉で木製部分を滑らかにし、最後にニスとワックスで仕上げを施した。
それは、見事な出来だった。水面に浮かぶ水鳥と、その体を優しく包む風の動きが、優美な曲線で描き出されている。反対の面には、風に乗ってハープを奏でる乙女が彫られていた。顔や服などは彫り込まれていないのに、曲線だけで「これはアルルだ」とわかる。
「・・・なんて美しいんだ・・・。」
マールはガルダンから差し出された弓を手に取り、朝日に透かすようにして隅々まで見つめた。隣でカイルも息を詰めている。誰が見ても、思わず見惚れてしまう、そんな会心の出来だった。
「これは、アルルが喜ぶね。みんな起きてると思うし、ガルダン、ちょっと行ってきたら?」
「ば、バカを言うな。これは、マールが渡すべきだ。儂は細工をしたに過ぎん。きちんと、弓の説明をしてやらねばならんだろうしな!」
そう言うと、ガルダンはプイと後ろを向いて、テントの方に歩み去ってしまった。マールはカイルと顔を合わせ、微笑んだ。ガルダンは、恥ずかしいのだ。
「それじゃあ仕方ない。ちょっと行ってきていいかな?」
「もちろんだよ。アルルによろしく言っておいて。」
マールは小屋に向かい、扉の前でノックをした。中には女性しかいないのだから、当然のことだ。すぐに中から扉が開き、クロエが顔を覗かせた。
「おはよう、クロエ。みんな起きてる?」
「ええ、起きてるわよ。ちょうど、スープを持っていこうと思ってたの。」
確かに、小屋の中からスパイシーな香りが漂って来ている。小屋に入ると、奥の一段高くなった床に、アルルが腰を掛けて微笑んでいるのが見えた。まだ包帯はしたままだが、顔色も良くなっている。
「アルル。今日の気分はどう?」
「ええ、おかげさまで、かなり良くなったわ・・・。」
アルルが、マールが手にしている弓に気付いて、視線を動かした。
「良かった・・・。それでね、アルルの弓、壊れちゃっただろ? これ、作ってみたんだけど・・・。」
マールがアルルに弓を手渡した。アルルは座ったまま弓を受け取り、たっぷりと時間を掛けて弓を眺めた。
「これを・・・マールが・・・?」
「うん。持ち手の細工は、ガルダンがしてくれたんだ。」
「・・・信じられない。あなた、弓作りの経験もあったの?」
「いや・・・実は、初めて作ったんだ・・・。どこか不具合があれば、調整するよ。」
「とんでもない! これは・・・素晴らしいわ。持った時のバランスが完璧よ。重さを感じないくらい! それに・・・とても、美しい・・・。」
「ほんと? 良かった!」
そう言うと、アルルが立ち上がり、弦を引いた。さすがに熟練の射手の構えだった。引き絞っても、体が全く揺らがない。
「うん・・・いい感じ。とても、いい感じよ!」
アルルはそう言うと、弦を離す。ビュンという風切音とともに、弦が小刻みに揺れて、やがて止まった。アルルはその余韻に少し浸ってから、やにわにマールに抱き着いて、頬にキスをした。
「ありがとう! とっても嬉しい! 早くこの弓を使ってみたいわ! とても美しくて、とても力強い・・・。それに・・・これは、私?」
「うん、僕もカイルも、たぶんそうだろうって話してたんだ。ガルダンが、昨日寝ないで彫ったんだよ。」
「そう・・・ガルダンにも、お礼を伝えておいて。とても喜んでたって。」
「わかった。きちんと伝えておくよ。」
アルルがクロエとエナにも弓を披露した。二人とも、驚き、感嘆の声を漏らした。
「作り手の気持ちを感じる・・・。とても温かくて、とても大きい・・・。」
「ええ、例えるなら、父の愛ね・・・。」
エナの意見に、クロエが率直な感想を述べた。それはまさしく、ガルダンのアルルへの思いだろう。
「それにしても、これを、一晩で?」
「そうそう、木材はカイナとジョウに探してもらったんだった!」
「カイナとジョウ? あの子たちと、話せるのですか?」
エナが目を丸くして驚きの表情を見せた。
「いや、僕達が話せるのはニノだよ。話せるっていうのは、違うかな・・・。とにかく、お互いに何を言おうとしてるか、何となくわかる感じ、っていうのかな。」
「そうですか・・・。ニノが・・・。」
「そうなんだ。だから、ニノを通じて、カイナとジョウにお願いしたんだよ。」
エナが感心したように何度もうなずいた。
マールはクロエを伴って前進基地へ戻った。アルルの言葉をガルダンに伝えたが、ガルダンは照れくさそうに笑うだけで、斧の手入れに余念がない。
カイルが交代で下へ降り、池の傍で体を拭き始めたのが見えた。
「そうだ、僕も水浴びしてくれば良かった。」
「あら、行ってきていいわよ? ここはガルダンと私で見ておくから。」
クロエにも促され、ガルダンも勧めてくれたので、マールは再度下に降り、カイルの横で顔を洗い、水を浴びた。
「とうとう、あと一晩だね。エアリアはうまくいってるかな?」
「どうだろうな・・・。エアリアのことだから大丈夫だとは思うけど・・・。」
「カイル、心配そうだね・・・。」
「え? いや、そんなことはないけど・・・。ほら、エナが言ってただろ? エアリアには別の試練が与えられる、って。・・・それがちょっと気になっててね。」
確かに、エナがそう言っていたのはマールも聞いていた。リザードマンの襲撃がそれかとも思っていたが、まだ何かあるんだろうか? そういえば、何日か前にマール自身も何か起きるのではないか、という思いが頭をよぎったのを思い出した。あれから何も起こらず、杞憂に過ぎないと考え直していたが、カイルも同じような思いを抱いていたと知って、漠然とした不安がまた沸き起こってきた。
「・・・何が起こるにしても、僕達は僕達にできることをやるだけさ。それしかないだろ?」
「・・・そうだね・・・。うん、それしか、ないよな・・。」
カイルは自分に言い聞かせるようにそう言うと、また体を拭き始めた。マールはそれ以上掛ける言葉が見つからず、同じように黙々と体を拭いた。
二人が戻ると、ガルダンにも水浴びを勧めたが、ガルダンは頑として動こうとしない。カイルがなだめすかしてみても、クロエが臭うと言っても、ダメだった。
「まあまあ、ガルダンがいいって言ってるんだから、それでいいじゃない。」
マールは二人をやんわりと制止して、ガルダンから離すようにした。口には出さないが、ガルダンは前回のリザードマンの襲撃の時、鎧の装着に手間取って出遅れたことを後悔しているのだ。そのせいでアルルがケガをすることになったとさえ、思っているフシがあった。
もちろん、そんなことは誰も考えていないのだが、ガルダン本人が自分を許さないことには、誰が何と言おうと、考えを曲げることはないだろう。
その後は、再び交代で睡眠を取り、夜に備えた。今日はガルダンとクロエが長めの見張りを務めてくれたので、マールとカイルは日中ぐっすりと休むことができた。二人とも自力で起きることができず、夕方にクロエに起こされるまで寝てしまったのだ。
最初は、クロエに揺り動かされているのかと思った。だが、クロエはマールの肩に手を置いたまま、周囲を見回している。違う、クロエが揺すっているんじゃない。地震だ。
マールは飛び起きた。カイルも隣で飛び起き、テントの外に出ていった。前回ほど大きい揺れではなかったが、揺れている時間が長い。小屋の方を見てみると、エナとアルルが外に出て来て、こちらを見上げているのが見えた。
「油断するな! 普通の揺れとはちがうぞ!」
ガルダンが斧を手に叫びながら、祭壇の洞窟の前へと急いだ。カイルが槍と盾を取り、後に続いた。マールとクロエもカイルを追った。
前回の地震でできた崩落した穴付近の地面で、小石が弾んでいるのが見えた。揺れの元は、その穴だった。
「W.I.A.」
第2章 第8話
了。
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