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小説「W.I.A.」2-7-①

第2章 第7話

 祭壇の洞窟前での準備は、着々と整っていった。テントを立て、そこがいわば「前進基地」だった。3人は交代して休息を取りながら、見張りと、迎撃の準備を整えていた。

 ニノもよく働いてくれた。この好奇心旺盛なサスカッチは、身振り手振りを交えて、急速に言葉を覚えていっているようだった。もちろん、話せるようになったわけではないが、ある程度の意思疎通ができるようになっていた。ガルダンと一緒に薪を集めたり、丸太を組んで身を隠せる場所を作ったり、カイルから棍棒の使い方を教わったりしていた。

 マールはと言うと、ニノに綾取りを教えた。丸太を組んだ時に出た、半端な長さのロープを使って、巨大な綾取り紐を作ったのだ。ニノは、これに見事にハマった。何かの形になっているわけではないのだが、両手の指を使って違う形ができるたびに、ニノはマールに自慢げにその形を見せてくるのだった。

 「ニノはすごいね! 次々といろんな形を作れるなんて!」

 マールはそのたびに、大袈裟にニノを褒めた。ニノは喜び、また違う形を作る。そうして、ニノはマールの側から離れないようになった。

 「マールめ。サスカッチを手懐けおった! 見事だわい。」

 ガルダンが目を丸くして驚いていた。お互いに山の民であるドワーフとサスカッチは、衝突を避ける意味も含め、本来は距離を置いている存在だった。ドワーフの中には、その戦闘能力の高さから、サスカッチを神聖視する向きもあり、マールとニノのようにじゃれ合う姿など、想像すらできなかった。

 やがて陽が傾き始めた時、エナが「前進基地」にやってきた。手には熱いスープの入ったポットと、ブランデーの瓶を持っていた。

 「どうやら、動きは一旦収まったようですね。」

 「そのようですね。このまま何事もないといいんですけど・・・。二人の様子はどうですか?」

 「クロエはぐっすりと寝ています。明日の朝には完全に回復するでしょう。アルルも快方に向かってはいますが、まだ少し、時間が掛かりそうですね・・・。」

 エルフは人間やドワーフと違い、基本的には「神」を信仰していない。というよりも、自身も精霊や妖精に近い種族であるため、自然そのものや精霊の王を信仰している、という方が正しい。それゆえ、神の加護を受けにくいのだ。つまりは、神の持つ「治癒の力」がアルルにはほとんど効果がない。だが、自然そのものや精霊から力を集め、治癒する力を持っている。ほとんどの毒に耐性を持ち、基本的には病気や老衰という概念がない。肉体の物理的な限界が訪れたら、フェアグリンのような「エルダー」になるか、「転生」するか、ということになる。

 マールはエナからポットと瓶を受け取ると、焚火の準備をしているガルダンに声を掛けた。そこに、カイナとジョウが現れる。ジョウは、イタチのような動物と、ウサギを数羽、手にしていた。どうやら、差し入れのつもりのようだった。

 「やあ、御馳走をありがとう!」

 カイルがそれを受け取り、ジョウに笑顔で礼を述べた。ジョウはめんどくさそうに手を振って、それに応える。カイルは早速、腰からダガーを取り出し、手頃な岩の上でそれらの動物の下ごしらえを始めた。少し塩を振って丸焼きにすれば、たちまち御馳走の出来上がりだった。

 「そうだ、ガルダン、完全に陽が落ちる前に、一度穴の底の様子を見ておこうよ? カイナやジョウも来てくれたし。」

 「おお、それもそうだの。エナ殿、構わんか?」

 「もちろんです。」

 ガルダンとマールが、カイナとジョウに捕まり、穴の中に入っていく。エナが先ほどと同じく、「瑞光」の言葉で明かりを灯す。穴の底は静寂に包まれていた。リザードマンの死体があちこちに転がり、水面が静かに揺れているだけだった。

 マールは、用意してきた即席のランプを、手頃な岩棚に設置していった。叩いて深いボウルのようにした鉄板に油を張り、芯となる固く縛った布を固定しただけのものだが、一晩は明かりが灯っているはずだ。マールはそれを合計5個作っている。もちろん全体を照らすわけにはいかなかったが、これで穴の入り口から少し降りるだけで、底まではある程度、見通せるようになる。

 さらに、ロープに端材の鉄片を数枚ずつ、何か所にも取り付けた「鳴子」を、壁際に釘を打ち付けて取り付けた。リザードマンが登ってくれば、自然と鳴子に触れ、音が鳴るはずだった。ランプの光が反射しないように、ロープにも鉄片にも、たっぷりと煤を塗ってある。

 「これでよし・・・。」

 試しに、マールが鳴子を鳴らしてみた。シャラシャラと言う金属の触れ合う音が共鳴して、そこそこ大きな音になった。下から見上げていると、事情を知らないエナとニノが顔を覗かせたので、外まで音が届いたのだろう。

 案の定、外に出たガルダンとマールに、エナが不思議な音が聞こえた、と伝えてきた。マールが鳴子とランプの説明をすると、エナは感心したようにマールを見た。

 「なるほど。それなら、警戒も楽になりますね。」

 基本的にはこの穴が要注意なことに変わりはないが、どこからリザードマンが現れるかは予測ができない。これからは、穴だけでなく、周囲にも警戒が必要となる。

 エナが交代を申し出てきたが、カイナとジョウが来てくれただけで十分だ、と断った。ニノと共に、休んでもらう。ガルダンもカイルも、もちろんマールも、エアリアが出てくるまで、ずっとここで過ごすつもりだった。

 夕闇が訪れ、星が見え始めた頃、エナとニノは小屋の方に戻って行った。その頃には差し入れの肉が香ばしい匂いで焼き上がり、カイナやジョウも含めてその肉に舌鼓を打った。焼いた肉を初めて食べたらしいカイナとジョウは、最初は警戒していたが、食べ始めると止まらない勢いで肉を平らげた。

 見張りは交代で行われた。カイナとジョウは適当に寝転がったり、あるいは周辺を警戒して回ったりしていたが、ガルダンたち3名はテントを中心に動かず、休憩を取りながら、常時2名が見張りをするようにした。

    ※        ※

 エアリアは、ようやく聖典の修復を終えた。幸いにして、逸失した稿や、ひどく損傷した稿はなかったので、後は記憶を頼りに並べ直すだけだった。革紐の代わりが見つからず、綴じることまではできていないが、読むことはできる。

 あの地震の後、外からも、自分の足の下からも激しい音が聞こえてきたが、どちらも長くは続かなかった。静寂の中に長くいることで、耳がおかしくなったのかも知れない。

 桟敷段は倒壊してしまったが、なんとか破片を寄せ集めて、簡易的な居場所を祭壇の前に作り直した。そこで聖典を読み解く作業を再開する。大蝋燭はかなり短くなり、蠟が溶けた分、全体的に下部の方が太い、山のような形に変わっていた。時間はどれくらい残されているのだろうか。まだ、『言葉』は見つからない。

   ※         ※

 特に何事もないまま、無事に朝を迎えた。これで、儀式が終わるまで、あと二晩となった。

 交代で泉まで降りていき、顔を洗って体を拭き浄めた。途中、全員が小屋に寄って、アルルとクロエの様子を確かめた。クロエは完全に元気を取り戻していて、最後に小屋に立ち寄ったマールとともに前進基地へと向かった。マールはエナからお茶の入ったポットと数種のフルーツを預かって来ていた。

 「そうそう、あなた、発明家なんですってね?」

 斜面を登りながら、クロエが尋ねてくる。

 「うん・・・まあ、一応そういうことにはなってるけど、まだ発明品が売れたことはないんだよ。だから、発明家と言えるのかどうか・・・。」

 「でも、アルルからはすごい発明家だって聞いてるわよ? シャトーの水車や馬車を直したんでしょ? それに、あの光を放つ矢とか。爆発するのもあるって・・・。」

 「あー、確かに、それは作ったけど、危険すぎて使いどころが難しいんだ。クロエの魔法と違って、場所とかタイミングとか、運任せなところがあって・・・。」

 「でも、そういう思い付きは素晴らしいと思うわ! アルルの話じゃ、町で簡単に手に入る材料で作ったっていうじゃない? しかも、一晩で!」

 「いや・・・まあ・・・そうだけど・・・。」

 「それに、戦士でもないのに、真っ暗闇でリザードマンだらけの穴に入って、アルルを助けた。」

 「・・・クロエ・・・一体、何が言いたいのさ・・・?」

 さすがに、褒められ過ぎだと思った。そこで思い出したのが、クロエもピプロー家の人間だ、ということだ。これは裏に、何かあるに違いない、とマールの勘が告げていた。

 「別に。ただ、すごいな、って。なかなかできることじゃないわ・・・。それで、この冒険が終わったら、一緒にシャトーに帰ってもいいわよ?」

 「え? どういう意味さ?」

 「私から兄に話すから、ウチで研究を続けたら? もちろん、費用も十分に準備するわ。」

 「は、はぁ? 」

 「あなたの才能を、高く買っているの。トンカなんかで埋もれてていい才能じゃないわ。ピプロー家が後援になって、あなたの才能を支える。どう?」

 マールにとっては、願ってもない話だ。つまりは、金の心配をしないで研究を続けられる、ということだ。代わりにピプロー家に発明品を納めることになるのだろうが、その方が売りやすいのも間違いない。

 「答えは今すぐじゃなくていいから、考えておいて。」

 そういうと、クロエはすたすたと歩いていってしまった。マールは狐につままれたような気持ちになった。クロエは、どこまで本気なんだろう?



「W.I.A.」
第2章 第7話 ①
了。



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