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ファンタジー小説「W.I.A.」1-7

 第1章 第7話

 翌々日、宿にもてなしの礼を述べ、多めの心付けを手渡した一行は、ミンスクの集落を後にして、一路ノストールへと出発した。ここからは、山道が続く。行程はおよそ8日とガルダンが見積もった。季節は初夏だったが、標高が高くなるにつれ、空気が冷気を帯びる。

   マールが改良した馬車は、説明通りの効果を発揮し、馬車自体の走破性が上がったことで、カイもクィも牽きやすくなったようだった。ミンスクでのびのびと疲労を取り、新鮮な草をたくさん食んだのも良かったのだろう。

   乗り心地が良くなって一番喜んだのは、アルルだった。常に御者席で同じ姿勢で座っているため、突き上げをもろに受け、腰や背中に痛みが走るようになっていた、と言う。

「いつものことだけど、本当に、驚いたわ! 乗り心地だけじゃなくて、起伏のある道でもまるで平地と同じように走らせられるのよ! 新しい牽き具も、馬の負担がかなり減ったみたい。カイもクィも喜んで、やる気を出してるのが伝わってくる!」

   旅は順調に進み、足元に気を付けながらゆっくりと進んだにも関わらず、ガルダンの見積もりよりも半日早く、山裾から斜面を登るように広がっている、ノストールの街並みを遠景に目にすることができた。この分なら、明日にはノストールの街に入れるだろう。

  ノストールはヴァルナネスで一番歴史のある街だった。聖四柱が初めてヴァルナネスに降り立ったとされる、霊峰トルナヤの裾野に広がり、聖四柱のものはもちろん、数多の神々の聖地として、各教団の中心となる教会が無数にあった。また、ヴァルナネスに広く流通する硬貨をすべてノストールで製作しており、町とは切り離された場所に、高い壁に囲まれ、各教会の神兵やハイペルからの駐留軍によって、厳重に警備されている「デルコア」と呼ばれる巨大な製作所が置かれている。

  周辺には多くの古代遺跡があり、その中には未だ未踏破の巨大地下都市跡も含まれていた。冒険者になったのなら、一度は挑んでみたいと言われているその遺跡には、数多の財宝と、それを守る種々の仕掛け、また闇に巣食う多くの魔物が、今も訪れる冒険者を待ち構えていると噂だった。そういった経緯もあり、一旗揚げようとノストールを訪れる冒険者も後を絶たず、巨万の富と名声を手に入れる僅かな者たちの陰で、多くの者たちが命を落とし、また行方知れずとなっていた。

  一行は、そんなノストールが一望できる高台に置かれた、ノストール街道の最期の待避小屋で一夜を明かし、翌朝、朝靄の掛かる街道をノストールに向けて出発した。

  途中から街道は馬車一台がようやく通れるほどの細さとなり、右はトルナヤに連なる山の山肌となり、左は急速に落ち込む崖となった。アルルは馬車の速度を落とし、慎重に馬車を進めた。また、カイの手綱をガルダンが牽いて、その目で道の安全を確かめつつ進む。カイルは一昨日から体調を崩し、馬車の中で休んでおり、エアリアがその看護をしていたため、マールは馬車の後ろを進んでいた。

  一行がノストールまでの最後の坂を登っていた時、先導していたガルダンが馬を止め、警戒の声を上げた。アルルがすぐに手綱を引き、制動装置を作動させる。

 最後尾にいたマールは、馬車を回り込むようにしてカイの脇に立った。

  「男が二人、若い女に・・・追われてる?・・・あ、一人捕まった!」

  アルルが御者台に立ち上がり、遠隔視で様子を窺った。ガルダンは油断なく身構え、マールは慌てて御者席によじ登った。

  やがて、曲がり角から出てきた男が、薄笑いを浮かべながらこちらに走って来るのが見えた。数舜遅れて、同じ曲がり角から若い女が現れる。

  「そこの冒険者! その男を捕まえて! 泥棒なのよ!」

  女は、逃げた男の先に馬車を認め、助けを求めてきた。ガルダンが両手を広げて、男を停止させようと試みたが、男はガルダンのそばでステップを踏むと、一気に山肌に向けて飛び、驚いたことにほぼ垂直の壁を走るようにして馬車を追い越そうとした。ガルダンは悔しそうな表情を浮かべて毒付く。マールも御者席から精一杯手を伸ばしてみたが、あと一歩届かない。男は、そんなマールを見て勝ち誇ったような笑みすら浮かべる余裕を持って、馬車を通り越したところで地面に降り立った。

  と、男が途端によろけ、地面に這いつくばってしまった。起きようと必死にもがくが、その場から動けない。よく見ると、地面から一本のゴツゴツした手が現れて、おとこの足首をがっちりと握っていた。

  「くそ! 放しやがれっ!」

  空いた方の足でその手を激しく蹴り飛ばした男は、逆に苦痛の叫びを上げて掴まれた方の足を押えた。

  「いてててて! わかった!わかったから、もう少し力を緩めてくれ!」

  マールの隣で、アルルが右手を少し下げた。どうやら、精霊の力で男を捕らえたらしい。崖の方から馬車の後ろに回ったガルダンが男を小突き、ポーチから取り出した麻縄で両手を縛った。

  「こいつめ。手間を掛けさせおって!」

  もう一度、男の頭を小突いたガルダンが合図をすると、アルルが右手を完全に下げた。男の足首を掴んでいた手は、地面に吸い込まれるように消えていった。

  「ありがとう! 助かったわ!」

  男を追い掛けていた女が、息を切らせて馬車にたどり着いた。赤い革の服を着た、豊かな赤毛の若い女だった。

 女はガルダンから男を受け取ると、服のポケットから細い革紐を取り出し、あらためて男の両手を後ろ手に結び直すと、もう片方の端を自分の手に巻き付けるようにして持った。

 「あの角の向こうに、コイツの仲間を転がしてあるの。悪いけど、冒険者ギルドまで連れて行くのを手伝って。もちろん、報酬は出すわ。」

  そういうと、女はこちらの返事もそこそこに、すたすたと道を歩き始めた。捕まった男も、おとなしく女に着いていく。

  マールとアルルは顔を見合わせ、ガルダンを見るが、ガルダンも何が何やら、といった様子で、首を傾げながら両手を上に上げた。

  「ほらほら! 急がないと陽が暮れちゃうよ!」

  振り返った女が、曲がり角の手前から叫んだ。

  「なんか・・・不躾な感じね。」

 「そ、そうだね。やたらと偉そうだし・・・。」

  アルルと視線を合わせたマールは、ため息を吐いて馬車を進めるアルルの隣で、複雑な思いを抱いていた。アルルに調子は合わせたものの、見た目も話し方も、マールの心を甘くくすぐるタイプの女性だった。馬車に合わせてガルダンも歩き始め、馬車の中で身を起こしていたカイルは、エアリアに何かを囁かれると、また毛布の上に身を横たえた。

  ノストールには門や城壁といったものがない。街道から少し右に逸れた支道の両脇から街が始まり、ノストールの街中までそのまま入れるようになっていた。ノストール街道はデルコアまで続き、そこが終点となる。

 曲がり角の先で、文字通り転がっていたもう一人の男を起こし、女がその懐から重そうな革袋を取り出して、自分のベルトポーチにしまう。そのまま男を見下ろして、何事かを呟くと、男は弾かれたように動き始めたが、両手を後ろ手に縛られており、うまく立ち上がることができないようだった。小走りに近付いたガルダンが男を立たせ、女と共に街の中へ向かう。

 「あの人・・・魔術使いだわ・・・。」

 「え? わかるの?」

 「ええ。種類までは分からないけど、確かに魔力の動きがあった・・・。」

  アルルはそう言うと、マールに手綱を渡し、ガルダンを助けに向かった。女の素性が分からない以上、油断するわけにはいかない。ガルダンは屈強のドワーフで、歴戦の冒険者とは言え、魔法に関しての知識は乏しい。いざという時はアルルが対抗しなくてはならないと判断したのだろう。

  「アルルは、どうしたのですか?」

  エアリアが馬車から顔を出した。

  「ああ、あの女性、魔術使いみたいなんです。万が一に備えてガルダンを手助けに行ったようです。」

 「そうですか・・・。悪い気は感じませんでしたが・・・。」

 「アルルは、そう思ってないみたいです。」

 「では、私たちも気を付けましょう。」

 「はい・・・。」

 エアリアが馬車の中に入り、マールは慎重に馬車を進ませた。街の道も緩やかな登りになっており、時折土砂止めのための薄い石段が設けられていたが、改良した馬車はその衝撃をほとんど受けずに進んだ。

  しばらく蛇行しながら進むと、開けた場所に出る。正面にギルドの看板が見える。ハイペル程ではないが、かなり大きい建物だった。もしかすると冒険者の宿を兼ねているのかも知れない。ギルドの前に馬車を横付けると、エアリアがマールにカイルを委ね、中へと入って行った。マールは御者席からノストールの街並を眺めて過ごした。全体的に大きい建物が多く、歴史を感じる建物が多かった。歩いている人々は、神官の割合が非常に高い。見慣れた聖四柱以外の神官服もちらほら見かけられる。大きい街だが、雑多な喧騒などとは無縁の、厳かな雰囲気が漂う街だった。

  5人の後を追うようにギルドに入ったエアリアは、まずその広さに驚いた。受付が複数に分かれており、一般依頼と教団関連の依頼、それに遺跡探索の依頼窓口が、分かれて設けられていた。その他に、受け入れと登録の窓口が別にあり、報酬の受け渡しはがっちりとした檻で囲まれた窓口が専従で行うようだ。

  女はガルダンとともに男二人を連れ、一般依頼の窓口の前に立った。ポーチから革袋を取り出し、カウンターに乗せる。カウンターの内側にいた肥った男が革袋を改め、奥に声を掛けると、裏口からメルス教団の紋章の入った鎧に身を固めた男二人が現れ、男たちを引き取っていく。受け渡しが終わると、カウンターの男が女に紙片を渡し、その紙片を持って檻で囲まれた窓口へ行くと、報酬が支払われる仕組みのようだった。

  エアリアに気付いたアルルとガルダンが近寄って来る。

  「無事に終わったようですね。私は受付を済ませてしまいますから、二人は引き続きあの女性の側へ。カイルはマールにお願いしてあります。」

  小声でそう伝えると、二人は了承のうなずきをして、ガルダンは女性の後ろへ、アルルは唯一の出入り口の前で全体の様子を窺う。旅を続けて長い二人は、特に細かく話はしなくても、阿吽の呼吸でそれぞれの役割を果たす動きをする。

  ガルダンの前で、女が紙片をカウンターの女性に手渡した。タチアナほどではないが、こちらも丸々と太った壮年と言える女性だった。すぐに布袋に入った報酬が女に手渡されると、女は中身も確認せず、袋ごとガルダンに手渡した。

  「はい、報酬。手伝ってくれてありがとう。おかげで助かったわ。」

 「丸々くれるのかね?」

 「ええ。一応伝えておくけど、10デテイク入ってるはずよ。」

 「お前さんの分は?」

 「いいのよ。気にしないで。」

 「いや、そういうわけにもいかんだろ。儂らはこの報酬に値する働きはしておらん。」

  ガルダンが袋ごと女に返そうとすると、女は目を丸くして振り返った。

  「あら! 今時珍しい、殊勝な心掛けの冒険者さんね! どうしても気になるなら、酒場で一杯おごってよ。一緒に飲みたい気分だわ!」

 「それは構わんが・・・儂はガルダン。冒険者エアリアと共に旅をしている。お主の名前は?」

 「そういえば、自己紹介がまだだったわね! 私はクロエ。クロエ・ピプローよ。ノストールで魔術の勉強をしているの。」

 今度はガルダンが目を丸くする番だった。戸口でさりげなく二人のやり取りを聞いていたアルルも、危うく転びかけた。


「W.I.A.」
第1章 第7話 
了。



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