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猫の怨返し
これは、私の経験した、実話です。
小学校2年生だった私は、友人たちと一緒に広瀬川で遊んでいました。
牛越橋から少し川を遡上すると、中洲に通称「くじら岩」という岩があり、浅瀬を渡って簡単にその「くじら岩」にたどり着けるのです。
「岩」とは呼ばれていましたが、実際は砂洲が山のように盛り上がっていたもので、大きな山と小さな山が繋がっており、遠目には、まるで水面に浮かぶクジラのように見えたのが、その謂れだと聞いています。
(現在はなくなっています。)
水切りや魚獲りをして遊んでいると、上流から木箱が流されて来るのが見えました。
木箱から子猫の鳴き声がするのでよく見てみると、どうやら捨てるために川に流されたらしい子猫が5,6匹、木箱の中でみゃあみゃあと鳴いているようです。
誰からともなく、
「あの猫を助けよう」
という話になりました。
着ている服が濡れない範囲で川に入っても、手は届きません。
男子が木の棒を拾ってきますが、それでも届きません。
木箱は、どんどん流されていきます。
下流に行くにつれ、川幅は広くなり、もはや私たちの力ではどうしようもない状態になると、誰からともなく石を投げ始めました。
石を木箱の向こうに投げると、その時の波紋で、僅かですが木箱が岸の方に近付いてくるのです。
そうやって、私たちは木箱と一緒に川を下りながら、河川敷の石を拾っては投げ、拾っては投げ、を繰り返していたのですが、石が手前に落ちてしまうと遠ざかりますし、かといって奥過ぎてはこちらに近付かないので、「木箱の奥、ぎりぎり」を狙って投げなければならず、なかなか難しいものがありました。
私も、30回は石を投げたと思います。
牛越橋が間近に迫り、橋を超えると放流口があるので、河川敷には降りられないようになっていましたから、私たちは焦り始め、より大きな波紋の立つ大きな石を投げるようになっていきました。
そして・・・
私の投げた石の一つが、木箱に直接当たってしまったのです。
決して木箱を狙ったわけではないのですが、石を投げ続け、疲れたところにより重い石を投げたため、力が入りきらなかったこと、焦っていたこともあったんだと思います。
それまでの波紋で、すでに全体が濡れていた木箱は、その衝撃で沈んでしまいました。
子猫もろとも。
事の重大さに怖くなった私たちは、逃げるように帰路につきました。
その途中、全員から「お前のせいだ」「お前が悪い」と口々に罵られましたが、私はそんなことより子猫に申し訳なく、泣きながら帰ったことを覚えています。
その時、家には祖母と母がおりました。
予定より早く帰宅したので、何かあったのか、と聞かれましたが、本当のことを言ったら叱られる、と思った私は、何もなかった風を装って、祖母とテレビを見ていたのです。
夕方の子供向け番組が終わり、ニュースの時間となった時、私は頭痛を覚え、祖母に「頭が痛い」と言いました。すぐに熱を測ると、38度近くあります。
かかりつけの病院は終わっている時間でしたので、父が帰ってまだ熱があるようなら病院に、と言うことになり、私は居間の隣の、当時私の部屋として使っていた6畳間に布団を敷いてもらい、水枕を当てて横になりました。
まもなく、買い物に行く母が、「何か食べたいものはないか?」と聞いてきたので、私は「ヨーグルト」と答えました。
どれほどの時間が経ったのか、いつの間にかウトウトしていた私は、猫の鳴き声を聞いたような気がして、目を覚ましました。
目を開けた私は、戸惑いました。
目の前に天井があるのです。
顔のすぐ右脇に、蛍光灯があり、普段は絶対に見えない蛍光灯の屋根の部分が見えていました。
声を上げようとしますが、声が出せません。体も動かせません。
その瞬間、私は空中でクルッと下を向かされたのです。
下に、敷かれたままの敷布団が見えたと思ったら、今度は体が落下し、私は敷布団に叩きつけられました。
どしん!
と音がして、襖が開く音と、足の方から居間の明かりが部屋に差し込みました。
音がしたので、祖母が様子を見るために開けたんだ、と思った私は、「助けて!」と叫びますが、口がぱくぱくするばかりで声が出ません。
異常がない、と思った祖母が襖を閉め、部屋にまた薄闇が広がりました。
そうすると、うつ伏せになった私の布団の上を、足の方から何かがゆっくりゆっくり、登ってくるのを感じました。
とす、とす、とす、とす
瞬間的に、「猫だ!」と思いました。
相変わらず体は動かせず、声も出せません。
とす、とす、とす、とす
踏まれているような感覚が、足から腰に上がってきます。
とす、とす、とす、とす
とうとう、背中から首の付け根のところまで、踏まれている感覚があがってきて、そこで、止まりました。
首が、何か強い力で動かされます。
うつ伏せに、左を向いていた私の首が、最初は正面になるように。
枕で息ができなくなった、と思ったら、今度はうつ伏せのまま、上を見るように、首が動かされます。後ろから、髪の毛を引っ張られるように。
目の前に、私が勉強机として使っていた、古い脚踏み敷のミシン台がありました。その、横に長い脚踏みペダルの後ろに、じいっとこちらを見つめる猫が一匹。
後ろ足で座ったまま、顔だけを下ろし、獲物を狙う時の姿勢のようになって、じいっと、こちらを見つめています。
私は背筋に冷たい水を掛けられたようになり、心の中で「ごめんなさい」を繰り返していました。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさい・・・!
「ヨーグルト、買って来たよ!食べたらお薬ね!」
買い物から帰った母に起こされ、私は目が覚めました。
身体が汗をかき過ぎて、一瞬、おねしょしてしまったかと思ったほどでした。
なんだ、夢だったのか・・・
私は仰向けに寝ていて、布団もきちんと掛かっていました。
良かった、夢だった。
それにしても怖い夢だった・・・。
そう思っていると、部屋の電気を付けた母が驚いた声をあげました。
「あら!顔中ほこりだらけにして!どうしたの!」
私の顔は、綿埃や蜘蛛の糸だらけでした。
布団を捲ると、布団にも、たくさんの綿埃がついていました。
あれは、夢ではなかったんです。
私は泣きながら、自分がしたこと、起こったことを話しました。
祖母も話を聞いてくれて、確かにすごい音がして、襖を開けて様子を見た、と言っていました。
「んだがら、猫には気を付けろって、ばあちゃんいづもいってっぺ!猫と蛇は執念深いんだがらな! どれ、おじいちゃんさお願いしてけっから!」
祖母と、母と、私。
仏壇の前に座って、遺影でしか見たことのないじいちゃんに、猫への取り成しをお願いしました。
猫が許してくれたのかどうかはわかりませんが、その頃には熱はすっかり引いていて、私は元気を取り戻したのです。
それ以来、私は猫と蛇が苦手になりました。
猫の方でも私を敬遠しているのか、これだけペットブームで猫が飼育されてるにも関わらず、猫を飼っている人とお近づきになるチャンスはなかったのです。
いえ、猫を飼ってる人と、家に行き来するくらい仲良くなったことがなかった、と言い換える方が正しいかも知れません。
あれからだいぶ月日が経ち、昨年、私の家の庭で子猫が誕生しました。
「もしかしたら、この子達を助けることがあの時の贖罪に繋がるかも」
と考えた私は、私にできる限りのことをしたつもりでいます。
そして今年。
どうやら、猫を家族に迎えることになりそうです。
猫の怨返しも、とうとう終わりを迎えたんだ、と、実感しています。
許してくれたからこそ、私を頼って来ているのだと。
もう一度言いますが、ここに書いたことは全て本当の話で、創作ではありません。
そして未だに、私は猫が苦手です。
でも、どんどん好きになっています。
・・・ところで・・・。
これは「エッセイ部門」?
「ホラー部門」?
・・・・「オールカテゴリ」が無難かな・・・??
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