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小説「わたなべなつのおにたいじ」⑨

博正が両手いっぱいに荷物を抱えて帰って来た。清明は飲み物や食べ物には目もくれず、ノートとペンを受け取ると、システム手帳をめくっては戻り、読み込んではまたページをめくり、鬼丸に何かを質問し、そしてペンを走らせる、といった作業を続けている。

私と博正は、清明の邪魔にならないよう、少し離れた場所で主にリュックの中身の確認をしていた。母にそのまま渡す物についてはリュックに戻し、清明に見てもらってから判断した方がいい、と思う物は別に分別しておく。

まもなく2時間が経とうとしていた頃、清明が大きく伸びをして、こちらを振り返った。

「なんとか、大まかな部分は掴めたと思う。これ、もらっていいのか?」

博正が「もちろん」とでも言うようにうなずくと、清明は水のペットボトルを開け、ほとんど一息で飲み干す勢いで、水を飲んだ。

「お疲れ様。・・・それで・・・役に立つ情報はあった?」

私は清明の向かい側のソファに腰掛けながら、清明に質問した。清明は疲れた顔をしていたが、目だけはキラキラと光っているように感じた。

 「ああ、正直、すごい調査能力だと思うよ。那津のお父さんが民俗学の教授だったってことを差し引いても、個人でこれだけ調べ上げるのは、並大抵のことじゃなかったはずだ。」

 そこで、清明は残った水をもう一口飲み、話し始めた。

 「まず、朱点についての話からしようか。朱点って言うのは、いわゆる、酒呑童子のことだ。少なくても俺たちにはそう伝わってる。那津の御先祖、鬼丸の最初の所持者である、渡辺綱と言う武将に、倒されたことになってる。で、渡辺綱は、もう一人、茨木童子という鬼とも戦っていて、こっちは腕を切り落としただけで、取り逃がしたことになってるんだ。」

 私は黙ってうなずいたが、知らない話だった。

 「・・・その顔は知らないってことなんだろうな。まぁ、でもいいや。後でスマホで検索してみろよ。すぐに出てくる。重要なのはそこじゃない。おじさんの調べたところによれば、話が逆だ。倒されたのは茨木童子で、取り逃がしたのが酒呑童子。いわゆる、朱点だ。朱点は、鬼の中でもかなりの古参で、『格』がかなり上なんだ。自分の軍団だけで、一千万の鬼を従えてたらしい。そういう話が、古代中国の多くの文献に出てくる。だけど、日本で言うと卑弥呼の時代くらいから、一切その名前が出てこない。逆に、日本の伝承では、その時代辺りから朱点と思しき鬼の話が出てくるんだよ・・・。」

 清明はそこで話を切ると、私と博正を交互に見つめた。

 「・・・つまり、その頃に朱点が中国から日本に渡って来た、ってこと?」

 博正の話に、清明が相槌を打つ。

 「その通り。少なくても、那津のお父さんはそう考えていた。ところで、卑弥呼については、どんなことを知ってる?」

 「え・・・昔の・・・日本の女王でしょ?元々は、神のお告げを聞く巫女だったとか、中国から正式の日本の統治者と認められて、金の印鑑、もらったとか?」

 私が覚えているのはその程度だった。どちらかと言うと日本史は好きな科目なんだけど、私が好きなのは、もっと後の、戦国時代とか幕末とか、その辺りのことで、卑弥呼の時代はあまり記憶に留めていない。

 「まあ、50点ってところだな。卑弥呼は「鬼道」と言う、呪術とか、そういう方面の術者だったんだよ。「鬼道」だぜ?なんか、ピンと来ないか?」

 「え・・・もしかして、卑弥呼が日本に朱点を呼んだ・・・とか、そんな話?」

 「そうなんだ。実は、そう考えると辻褄が合うことが、たくさんある。まず、卑弥呼がなんで絶対的な権力を手にできたのか。実は、その辺りのプロセスは謎なんだよ。その頃の日本に文字文化はなかったから、頼りは中国の「魏志」っていう国の記録だけなんだ。もちろん外国の出来事なんて、大まかにしか記録されてないから、ごくわずかな資料を基に、ほとんど推測の話が、現代まで伝わってる、と言っても言い過ぎじゃないレベルなんだよ。でも、もし卑弥呼が、朱点の『軍事力』を持ってたら、当時の日本の統一なんて、簡単なことだと思わないか?」

 「・・・確かに・・・。」

 「だろ? 他にも、生涯独身だったとか、常に側で仕えていた大男の弟がいた、とか、死んだときには何万人もの人間が、生きながら卑弥呼の墓に埋められた、とか、そこに「朱点」を当てはめると、なんだかしっくりくるような話も多いんだよ。」

 私と博正は、顔を見合わせた。確かに、そう聞くとそんな気もする。

 「で、な、それだけの権力を持っていたのに、卑弥呼の死後、その弟は忽然と消えてしまう。普通なら当然、後釜に座って権勢を欲しいままにできたはずなのに、だ。そして、日本の歴史はそこから『空白の150年』に入る。つまり、今もって謎なんだよ。日本史の中で、ここだけすっぽりと、何の記録も残ってない・・・。」

 「な・・・なんか、すごい話になってきてない?」

 博正の感想は率直だった。でも、もし、それが朱点が日本中に猛威を奮ったためだ、と言われれば、妙に納得できる話のようでもある。

 「・・・うん・・・俺も、正直そう思うよ。だけど、ほんとに驚くのは、これからだぜ?」

 それから清明は、朱点のことについては一度、母に聞いてから話をまとめた方がいい、と言った。人文学の講師をしている母なら、少なくてもこの三人よりも知識も判断力も優れているだろうし、より詳しい人物への伝手があるかも知れない、というのだ。そこで私は母に連絡を入れることにした。早く家を出たので、何も言わずに留守にしたことを、今思い出したのだ。電話を入れると、母はすぐに電話に出たが、さして心配もしていなかったようだ。そこで私は、コインロッカーから荷物を取り出し、博正の家で中身の確認をしていたことを告げ、清明が母に助言を求めたいことがある、と伝えた。母は二つ返事で了承し、いつでも相談に乗ると請け負ってくれた。

 「ありがと。じゃあ、こっちがある程度片付いたら、みんなで帰るね。」

 そう言って、私は電話を置いた。

 清明は、その後、スーツケースの中身について話を始めた。博正がかなり気にしている笛は、その名も「鬼祓」と名付けられた龍笛で、古くは飛鳥時代に、当時の藤原京に夜な夜な出没した鬼をその音色で泣かせ、調伏した、という逸話を持った笛だと言う。父は何度も実際に試そうとしたらしいが、どうしても音を出すことができなかったらしい。

 防水バッグに厳重に梱包されていた本は、かの安倍晴明が記した書物であり、「記述された内容を全て理解した者は、三界を制す」と言われているのだと言う。三界とは、天界、人界、地界のことらしく、このうち地界というのが、鬼界のことなのではないか、と父は書き記しているが、傷みがひどいことから、修復なしに中身を読み取ることは不可能と判断し保管していた物らしい。

 また、平たい箱に入った首飾りについても、同様に安倍晴明の所有物とされ、勾玉にはそれぞれ晴明が使役した「人ならざる者」が封印されているのだと言う。

 もう一つの、細長い紫の布については、「鉢金」と言い、頭に巻いて使用する防具の一種ということだった。こちらについては詳しい記述はなく、由緒や効果については、今のところ不明、ということになる。清明は、もしかしたらノートパソコンに何か他の情報があるかも知れない、と話していたが、そこまではまだ手を回せない、と言って、後回しになっていた。同じように、3色の狩衣についても今のところ触れられてはいないらしい。

 「とまあ、ざっとこんな感じだ。」

 清明は涼しげにそう言ったが、私も博正も、まったく話についていけないでいた。説明されたところで・・・と言うのが、正直なところだ。

 「そんなに複雑に捉える必要はないと思うぜ?那津に鬼丸がいるように、博正に笛、俺に書物。うまく使いこなしたら、鬼を、朱点を退治できる、ってことじゃないのか?つまり、おじさんの言い残した、『仲間を探して準備する』が、より具体的になった、ってことだろ。」

 博正の顔が、ぱあっと輝いた。

「なるほど!そういうことか!確かに、筋が通ってる!」

 どう見ても、『本筋』を理解しているようには見えなかった。単に『笛が手に入る』感じの流れに喜んでいるだけのような気がしてならない。とは言え、博正はさっき確かにこの笛で音を出していた。たった数音だけだったが、怖いくらいに澄んだ音が出ていた。

 「・・・まあ、確かに。でも、そんな偶然、ある?それに、二人はともかく、なんで私が刀なの?剣道やってるわけでもないのに。」

 「え・・・だって・・・それは、あれだろ。血筋とか、そういうんだろ?」

 清明が歯切れの悪い説明をする。

 「そういえば、鬼丸については?何かないの?」

 「ああ、あったぜ。鬼丸は、ホットドッグとソフトクリームが好きらしい。」

 「は? それだけ?」

 「まあ、今のところは・・・。」

 「なんでよ。なんで鬼丸だけ『どうやって作ったか』とか『こんな効果が』とか、ないの?だって、刀なのに人になるんだよ?ある意味、一番謎じゃない?」

 「いや、それは俺に言われても・・・。」

 清明はそう言って頭を掻いた。そういうわけで、私の服の行方は、今もって謎のままだ。


「わたなべなつのおにたいじ」⑨
了。

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